《じっくり解説》聖書神学運動とは?

聖書神学運動とは?

聖書神学運動…

聖書神学運動は,1920年代から60年代まで,自由主義的・批評的な立場をとるヨーロッパとアメリカの聖書学者たちによって展開されたものである.この運動は,まずヨーロッパで始まり,1940年代にアメリカにおいても展開されるようになった.聖書神学「運動」と言っても,その運動の組織母体があったわけではない.当時の神学的状況に対する危機意識の下になされた神学的な営みが,一つの潮流を生み出したのである.<復> アメリカにおけるこの運動を記しているチャイルズは,アメリカにおける運動はヨーロッパにおけるものとは違った面を持っていることを強調している.ヨーロッパにおいては,宗教史学派に至るまでの自由主義神学が生み出した神学的危機が,この運動の背景となっている.一方アメリカにおいては,根本主義者と近代主義者との論争が,その背景にあった.このような違いはあったとしても,全体として見れば,これは1920年代以後の一つの神学的な潮流あるいは運動と言うことができる.<復> 1.歴史的背景.<復> 聖書神学運動の担い手たちは自由主義的・批評的な立場に立っているが,彼らが問題としたのは,宗教史学派に至るまでの自由主義神学が生み出した神学的な問題である.<復> プロテスタント正統主義の時代において,聖書神学は教義学を支えるものとしての位置しか与えられていなかった.これが敬虔主義と啓蒙主義の時代において教義学から独立し,さらには教義学と対立するものとなった.これを根本的に支えたのは,18世紀後半におけるJ・S・ゼムラーとJ・P・ガーブラーの主張である.ゼムラーは聖書の正典性を否定し,聖書を一個の文献として取り扱うべきことを主張して,聖書の近代的批評的研究の基礎を据えた.これ以後,聖書を教義学から解放しようという努力が始まった.それは原理的には,聖書神学は歴史的な営みであり,教訓的で哲学的な性格を持った教義学とは区別されるとしたガーブラーの主張によって確立された.<復> ところが,教義学から独立した聖書神学は,実際には,様々な哲学的立場からの影響を受けることになった.その代表的な例が,ヘーゲル哲学の歴史観とダーウィン主義の進化論的思考の上に立ってまとめられた,ヴェルハウゼンの『イスラエル史序説』(1878)である.『イスラエル史序説』は,旧約聖書神学に代って,「イスラエル宗教史」が生れたことを意味していた.それは,発生論的方法を用いて,旧約の宗教的発展を原始的な段階から倫理的一神教に至る進化論的発展の事例として理解するものである.これによって,旧約の宗教的発展を一般宗教の発展史の一事例として位置付けたのである.この意味で,ヴェルハウゼンは宗教史学派につながる面を持っている.<復> 宗教史学派(1890年代に成立した聖書学を主とする学派で,旧約学ではグンケル,グレスマン,新約学ではブセット,ヴレーデが代表的)は,聖書をその成立した時代の文化的・宗教的環境とのかかわりで理解しようとした.ここから「様式史」が生れ,旧約においては古代オリエントの文化的・宗教的状況,新約においてはヘレニズムの宗教と文化や,後期ユダヤ教との関係が注目されるようになった.その結果,ヴェルハウゼンに至るまでの文書資料説によって断片化されつつあった聖書は,ますます断片化して取り扱われ,全体的な統一,特に旧約と新約の関連は見失われることになった.<復> これとともに,宗教史学派は近代的歴史意識とそれに伴う歴史学を徹底して受け入れていた.それは神学の方法論において,伝統的な教義学的方法に対立する歴史的方法を採用すること(トレルチュ)に見られる.その結果,キリスト教は相対化され,一般宗教史全体の中に位置付けられて評価されることとなった.<復> このように,キリスト教は人類の一般宗教の一現象であり,聖書はその成立した時代の様々な文化的・宗教的理念を反映している一文献でしかないと見なされるようになった.キリスト教も聖書も全く相対化されてしまったのである.ここから生れてくるのは,遠い過去の文化や宗教の様々な理念の反映でしかない一文献としての聖書が,(進化する)歴史の最先端にある自分たちにとって,どのような意味があるのかという問であり,懐疑である.これが,聖書の正典性の否定によって基礎付けられた近代の聖書批評学と,それに結び付いて教義学から分離独立した聖書神学が,19世紀の時代精神の中で最終的に至ったところである.<復> 聖書神学運動は,宗教史学派によってもたらされたこのような神学的危機を意識しつつ生れた.聖書神学に対する関心は,第1次世界大戦後におけるヨーロッパの精神風土の変化によって高められた.その変化は(デンタンに従って)次の3点にまとめられる.<復> 第1は,進化論的自然主義が受け入れられがたくなったことである.これはおもに,第1次世界大戦が,人類の歴史は原始的な段階からより高度な段階へと必然的に進歩するという,進化論的歴史観の幻想を打ち砕いてしまったことによる.第2に,純粋に科学的客観性によって歴史的真理に達することができ,そのような客観性に達することもできるという信念への反動が生じた.これは,史実そのものの意味や価値に無関心な(史実の意味や価値を全体的連関においてしか理解しようとしない)歴史主義への不満の表れである.第3に,宗教改革へ回帰しようという神学的な動きがあった.それは,いわゆる「ルター・ルネサンス」や,弁証法的神学に見られる.<復> 2.特質.<復> 聖書神学運動の特質をまとめると次のようになる.<復> (1) 弁証法的神学との結び付き.進化論的自然主義に基づく神学(古い自由主義神学)においては,旧約の歴史は人類一般の宗教史の中の一事例であり,イエス・キリストは黄金律,神の(普遍の)父性,個人の魂の無限の価値を教える教師であると見られていた.そこですでにキリスト教の独自性は見失われつつあったが,宗教史学派においてその傾向はより徹底したものとなった.自由主義神学においては,聖書は単なる過去の一文献として扱われ,そこから今日の教会,社会への使信,さらには個人の生のあり方にかかわる使信を受け止めるという神学的な関心は失われてしまっていた.これに対する教義学的方面からの反動として,第1次大戦後のヨーロッパの精神風土の変化の中から生れてきたのが,バルトやブルンナーを中心とする弁証法的神学である.<復> 弁証法的神学は基本的に,神学を神のことばに基礎付けることによって,神学の復権を図った.聖書神学運動は,この弁証法的神学と深くかかわっており,そこから多くの影響を受けている.聖書神学運動は,かつて宗教史に取って代られてしまった聖書神学の復権を図ったのである.それは聖書を神学的な関心から切り離さないで扱うことであるが,これを支えたのが弁証法的神学との結び付きである.<復> アメリカにおける聖書神学運動においては,バルトの影響はあまりなく,むしろブルンナーの影響が認められるが,それ以上に,H・リチャード・ニーバーやラインホールド・ニーバーの影響が大きかった.それは,アメリカにおける聖書神学運動の背景に,政治的・文化的問題をも巻き込んだ,根本主義者と近代主義者の間の論争があったからである.<復> (2) 自由主義的聖書観.聖書神学運動には,それまでの自由主義神学への反動というべき面がある.しかし,それは聖書神学運動が自由主義的な立場を捨てたということではない.聖書学の方法としては,変ることなく歴史的・批評的方法を採っている.それはこの方法の前提にある自由主義的聖書観を受け入れていることを意味する.<復> (3) 哲学と伝統的教義学の拒否.聖書神学運動は哲学や哲学的神学としての伝統的教義学の影響を排除しようとした.聖書の思惟様式は,哲学的な思惟様式と違っているということが強調された(→本項目2.(4)).これと関連して,聖書の思惟様式が伝統的な教義学の組織体系化の方法とも相いれないものであることが強調された.<復> (4) ギリシヤ的な考え方とヘブル的な考え方の対比.聖書神学運動は哲学的思惟様式を否定し,伝統的な教義学の組織体系化の方法を排除する.それを支えているのは,ヘブル的な考え方とギリシヤ的な考え方は違っており,聖書にはヘブル的な精神風土が反映しているという考え方である.伝統的な教義学は,ギリシヤ的な考え方に基づく歪みを生じたとされ,聖書は聖書の思惟様式に添って理解されるべきであると主張された.そして,このようなヘブル的な考え方を反映するものとしての,聖書の語句の研究が盛んになされた.<復> (5) 聖書の文化的環境.聖書神学運動におけるヘブル的思惟様式の強調は,聖書をその生れた世界の中で理解することにつながっている.聖書の文化的環境に注目することは,すでに宗教史学派によってなされたところである.しかし,宗教史学派においては,聖書がその文化的環境の中に埋没し,相対化される傾向があった.これに対して聖書神学運動においては,聖書にはその文化的環境にあって極めて独自なものがあることが強調された.この点で特に貢献があったのは,アメリカにおける,オールブライト学派の考古学的研究である.<復> (6) 聖書の統一性.宗教史学派に至るまでの自由主義神学においては,聖書は様々な文書や資料の寄せ集められたものとして理解され,断片化された形で取り扱われた.これに対して聖書神学運動においては,聖書の統一性,特に旧約と新約の統一性が強調された.そして,聖書の統一性がどのようなものであるかを説明する様々な試みがなされた.<復> (7) 歴史における啓示.聖書神学運動においては,啓示は歴史において与えられるということが強調された.この啓示が歴史において与えられるという理解は,ヘブル的な考え方に特有なことであり,哲学的なカテゴリーによって真理をとらえようとするギリシヤ的な考え方と対比されるものであると言われた.これは上述の,哲学や伝統的な教義学からの影響の排除や,ヘブル的な考え方とギリシヤ的な考え方の対比ということにつながっている.そして,啓示はこの歴史において,超越的な神の自己開示に接すること(超越的な神との人格的な出会い)によって起る出来事であるとする,弁証法的神学の啓示理解と結び付いている.<復> 歴史における啓示という考え方は,聖書と自分たちの時代とを関連付けるものであると主張された.それは,人が神の自己開示に接する場が歴史であるから,今日においても,聖書の時代と同じように,この歴史において神の自己開示に接することができるとされるからである.ここでは,聖書はその時代において人々が神の自己開示に接した出来事を証言するものであると考えられている.<復> 3.評価.<復> 聖書神学運動は,1960年代後半において終息したと見られている.しかしこれは,一つの運動としての終息である.聖書神学そのものに対する関心や,その営みまでもが終息してしまったというのではない.聖書神学運動が運動となるまでの高まりを見せたのは,第1次大戦後に意識され始めた神学的な危機感があったからである.そのような状況の中で,聖書神学運動は一定の(しかも大切な)役割を果した.けれども,そこには限界もあった.状況が落ち着いてくるに従ってその限界も意識されるようになり,様々な反省とともに運動としては終息した.そこに残された課題は,今日までも課題として残っている.<復> 聖書神学運動は福音派の神学的状況にも少なからぬ影響を与えた.その運動の中で著されたものとの対話・対決を通して,福音派の中でも聖書神学への関心が高まった.その結果,福音派の聖書学が大きな益を受け,また,聖書神学と教義学との対話も盛んになった.<復> 聖書神学運動への評価としては,積極的なものと,消極的なものとが述べられなければならない.しかしここではその問題点のおもなものを幾つか取り上げるにとどめる.積極的な面については,上述の聖書神学運動の特質から十分推察できるはずである.<復> 聖書神学運動は,宗教史学派に至るまでの自由主義神学がもたらした神学的な危機意識の中に生れたので,自由主義神学への反動という面を持っている.しかしそれは,自由主義的・批評的な立場を崩すものではなかった.ゼムラー以来の聖書の正典性の否定の伝統—聖書を古代の一文献と見て,歴史的・批評的方法を適用していく伝統の上に立っている.その根底にある進化論的自然主義の歴史観は,2度の大戦を経て大きく揺らいだとしても,払拭されたわけではない.ここから,このような歴史観に基づく「客観的・科学的」な歴史と,聖書に証言されている「救済史」の関係の問題が生じた.これは形としては,歴史と救済史の関係,「何を意味したか」と「何を意味するか」の関係,facta(事実)とdicta(言説)の関係,史実とケリュグマの関係など様々な形で表されてきたが,問題としては同じものである.そして,おのおの前者は「客観的・科学的」歴史学の対象であり,後者が聖書神学の対象であるとされた.聖書神学運動の中でもこのような二重構造が問題とされ,その克服が試みられたが,依然として課題として残っている.<復> この問題とつながっているのが,歴史における啓示という考え方である.確かに,このような啓示理解によって,過去(聖書)の時代と今日とが関連付けられた.過去も現在も,神の自己開示に超経験的に接する場として同じものとされた.しかしこれは,啓示を超歴史的な出来事とし,聖書をその出来事への証言の書とすることをその裏に持っている.そして,聖書が証言する歴史(救済史)と歴史の関係という,前述の問題がからんでいる.<復> このように啓示を超歴史的な出来事とすることは,聖書が伝えているイスラエルの歴史やイエス・キリストの生涯を通してなされた神の救済のみわざをこの歴史から切り離して,超歴史的な意味や規範性の次元へと閉じ込めることである.聖書神学運動が当然のこととして踏まえている進化論的自然主義は,神のこの世界への直接的なかかわりを認めない.この進化論的自然主義に基づく歴史理解を生かすために,神の救済のみわざは超歴史的な出来事とされてしまったのである.このような考え方の中では当然,神の創造のみわざも超歴史的な出来事とされてしまう.<復> 最後に,聖書神学は原理的に教義学と区別されることは確かであるが,それが「神学」である以上,実際問題として教義学的なものと全く切り離してしまうことはできない.近代の聖書批評学の歴史において,教義学から分離独立した聖書(神)学が,結局その当時支配的であった哲学思想の影響を受けていたことはそれを物語っている.聖書神学運動は哲学や,伝統的な教義学からの影響を排除することを旗印としていたが,実はそのこと自体が,その運動が依存していた(弁証法的神学の)教義学者たちの主張していたことに倣うことにほかならなかった,とJ・バーは指摘している.バーはまた,聖書神学運動が強調したヘブル的な考え方とギリシヤ的な考え方の対比(これは哲学的なもの,体系的なものの排除を支えた)も,十分な根拠を持たない紋切型の思考によるものであったと述べている.いずれにしても,聖書神学運動は教義学的なものから自由であったわけではなく,その弁証法的神学へのつながりにより,弁証法的神学が持っている問題を自らの中にも持つようになったのである.→聖書神学,教義学,自由主義神学.<復>〔参考文献〕R・デンタン『旧約聖書神学序説』ヨルダン社,1967;佐藤敏夫『近代の神学』新教出版社,1964;Barr, J., “Biblical Theology,” The Interpreter’s Dictionary of the Bible, Supplementary Vol., pp.104—11, Abingdon, 1976 ; Stendahl, K., “Biblical Theology, Contemporary,” The Interpreter’s Dictionary of the Bible, Vol.1, pp.418—32, Abingdon, 1962 ; Hasel, G. F., “Biblical Theology Movement,” Evangelical Dictionary of Theology, pp.149—52, Baker, 1984 ; Childs, B. S., Biblical Theology in Crisis, Westminster, 1976.(清水武夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社