《じっくり解説》ホスピスとは?

ホスピスとは?

スポンサーリンク

ホスピス…

ホスピスの定義を短く表現すると,「ホスピスとは末期患者とその家族を家や入院体制の中で医学的に管理するとともに看護を主体とした継続的なプログラムを持って支えていこうとするものである」ということである.様々な職種の専門家で組まれたチームがホスピスの目的のために行動する.そのおもな役割は末期ゆえに生じる症状,「身体的,精神的,社会的,宗教的な痛み」を軽減し,患者と家族を支え,励ますことである.<復> ホスピスは元来ラテン語にその源を発し,中世の初め,ヨーロッパ西部を中心に修道院において疲れた旅人に休息を与える場所であった.19世紀になってアイルランドのダブリン市の修道女によって一般の病院とは異なり病気を治すためだけではなく,病人に慰めと安らぎを与えるために小さな静かな家が建てられた.ほぼ時を同じくして同じような目的を持ってホスピスと呼ばれるものがイギリスやフランスにも建てられ,それが今日のホスピスになったのである.<復> 現在,ホスピスはおもに癌等の末期患者に専門的なケアをする特別の施設及びプログラムを意味する.例えば進行した癌のように現代医学のあらゆる治療をもっても治癒することが難しい病気がある.しかし病気をcure(治癒)させることができなくても,病人をcare(援助)することはできる.ホスピスはこのケアの精神(caring spirit)を基本にして末期患者とその家族が持つその様々な痛みをチームを組んで専門的にケアする.ホスピスの目的は,その人がより良き生を全うするための援助をすることである.<復> ホスピスはこのように修道院において疲れた旅人に休息を与える場所として中世の初めにヨーロッパに誕生したものであるが,その後,歴史的に言えばその時代時代にあって最も援助の手を必要としてきたにもかかわらず置き去りにされてきた人々に援助の手を差し伸べてきた働きと言えよう.例えばハンセン病の末期の患者に援助の手を差し伸べてきた時代もあったし,結核の末期の患者にそのケアの門戸を解放した時代もあった.<復> 近代的なホスピスがそのケアの対象とするのはおもに癌末期の患者とその家族である.近代的ホスピスの第1号は,1967年イギリスのロンドン郊外に建てられたセント・クリストファ・ホスピスである.近代的なホスピスはその発祥の地であるイギリスからアメリカに渡り,さらにそれはカナダやオーストラリアにも紹介された.現在イギリスにおいては3百を越すホスピスがあり,アメリカにおいてはその数は1千8百を越している.<復> 日本に初めてホスピスのことが紹介されたのは1977年であった.淀川キリスト教病院においては1973年以来,末期の患者に対するチームアプローチを続けているが,これは施設こそ持たなかったが,わが国における最初のホスピスプログラムであった.施設として最初にホスピス病棟が建てられたのは,聖隷ホスピス(1981年)であったが,次いで淀川キリスト教病院においてもホスピス病棟が設立された(1984年).1990年現在,日本においてホスピスと名乗っているプログラムは約10か所あり,さらに数か所でホスピス病棟の建設が計画されている.<復> 1.ホスピスの働き.<復> (1) 症状のコントロール.ホスピスの様々な働きの内で最も重要なものは症状のコントロールである.その中でも痛みのコントロールが最も重要な課題である.末期癌患者の場合,約7割に特有の強い痛みが存在する.癌の痛みの特徴はその痛みが慢性かつ持続的であるということである.従ってそのコントロールのためには特殊な鎮痛剤の用い方が必要となってくる.急性の痛みの場合は痛みが起ってから鎮痛剤を投与し,その痛みがうまくコントロールされるようであれば,次の鎮痛剤は用いないで様子を見ることができる.また,急性痛の場合は痛みが起った時にだけ頓服(とんぷく)のような形で鎮痛剤を用いることができる.しかし,慢性痛の場合はこのような用い方はよくない.癌の痛みは慢性かつ持続的であるので次の痛みがくる前に鎮痛剤を投与する必要がある.すなわち鎮痛剤が痛みを追うのではなく,鎮痛剤が痛みに先んじるという方法をとらなければならない.<復> 癌の痛みのコントロールのために用いられる薬剤のうちで最も有効なのはモルヒネである.モルヒネは麻薬に属するためすぐに麻薬中毒とか依存性を生じるなどと考えられやすいが,このモルヒネを口から飲めば依存性を生じたり,また,中毒になったりすることなく,よく効く鎮痛剤として用いることができる.淀川キリスト教病院のホスピスでもこのモルヒネを水溶液にして1日4回適当な量を投与することによって癌末期の痛みの87%をコントロールすることができている.口から飲むことができなくなった患者には,モルヒネその他の鎮痛剤を持続皮下注射という新しい方法で投与することができる.<復> 癌末期には以上述べた痛みだけではなく,食欲不振,全身倦怠感,悪心(おしん),嘔吐,便秘,不眠,呼吸困難等の多くの不快な症状を伴うことがあり,それぞれ適切な処置が必要となる.ホスピスに入院をしてきた患者の最初の希望はこれらの身体的な苦痛から解放してほしいということである.従って症状のコントロールという課題はホスピスの働きの中で非常に重要な位置を占めている.<復> (2) 精神的な支え.癌患者は痛みや,その他の不快な身体症状のみならず,不安や孤独や恐れなど精神的な問題を持つ.この患者の問題の支えになるということもホスピスケアの重要な課題の一つである.末期の患者の精神的な支えをどのようにしていくかを考えていく時,まず第1に重要なことは患者の訴えに十分な時間をかけて耳を傾けるということである.その時に患者がどのような気持で現在ベッドに横たわっているかを重要視する必要がある.特に末期患者と会話をする時,その会話の内容だけではなく,会話の奥に秘められている患者の感情に気付く必要がある.多くの患者はつらさや寂しさや悲しさ等を持っているので会話の途中で「つらいですね」とか「寂しいですね」という言葉を入れていくことが必要になる.また,末期癌患者の精神的支えの中で注意しなければならないことは安易な励ましを避けるということである.精神的にも肉体的にも次第に弱ってきた患者がよく「もう駄目なのではないでしょうか」という問いかけをすることがあるが,われわれは「そんな弱音を吐いてはだめですよ.もっと頑張りましょうよ」というような励ましをしてしまう.患者がもっと弱音を吐きたい,もっと様々な心の悩みを聞いてほしいと思っているにもかかわらず「頑張りましょう」と励ましてしまうと二の句が継げなくなって黙ってしまう.このような安易な励ましは会話を遮断してしまうのである.最も患者の心に添うことは患者に理解的な態度を示していくことである.「もう駄目なのではないでしょうか」という問いかけに「もうだめかな…とそんな気がするのですね」と答えるのが理解的な態度である.このように言葉を忠実に返していけば,必ず会話は持続していく.また,理解的な態度のもう一つの特徴は会話をリードするのは患者であるということである.理解的な態度を示すことによって患者は自分の弱音を吐き切ることができる.「話す」とは「放す」ことであるという言葉があるが,まさに自分の心の内を相手に伝え切ることができれば,心の中にある様々な思いを解放することができる.「放す」ということになるのである.<復> (3) 生きがいの発見.身体的な症状がうまくコントロールされ,また,精神的な十分な支えが得られても,もし患者が日々の生活の中で生きがいを感じることができなければホスピスケアは成功したとは言えない.ホスピスに入院してきた患者の体力は実に様々である.自由に買物に出かけることができる人から全身の衰弱のために一人で寝返りすらできない人もある.しかし,どのような人でも生きている限り必ず残された体力が存在する.その体力をどのように生きがいに結び付けていくかを工夫することがホスピスケアの重要な働きである.例えば乳癌の患者で腰椎転移のため下肢の麻痺を起し,歩行が不能になり,ベッド上の生活を強いられていた人がいた.その人は精神的に非常に落ち込んでしまっていたが,この患者が元気な時に絵を描くことが好きだったことをナースに話をしたことがきっかけに,ナースは患者に絵を描くことを勧めた.患者は少しずつ絵を描き始め,患者の絵と医師や看護婦たちの作品も加えてホスピスで作品展を開いたが,これは他の患者や家族の参加も得て,非常に立派なものとなった.これは一つの例であるが,患者の体力に合せた生きがいの発見はホスピスケアの重要な働きの一つである.<復> (4) 家族のケア.ホスピスがそのケアの対象にするのは決して患者だけではなく,患者の家族もそのケアの対象になる.ホスピスでは患者と家族を切り放すことなく,一つのユニットとしてケアする.患者の全身衰弱が進み,ほとんど言語的なコミュニケーションが不可能になったような場合にはケアの対象は家族に向けられる.家族のケアの中で重要な点は家族が十分にその悲しみを表現できるような雰囲気をつくることである.家族を面談室などプライバシーを保つことができるような部屋に呼び入れ,家族が持っている不安に聞き入ることが必要である.また,患者の病状を詳しく説明することが必要である.その際,一般の人々にわかるような言葉を使うことが必要である.また,家族と患者の死について語り合うことによって家族が患者の死を受容していけるように援助していくことも重要である.<復> (5) 魂のケア.末期の患者が自分の死を身体で感じ始めた時,家族との交わりやまたスタッフとの十分なコミュニケーションがあってもなかなか死の不安から解放されることはない.「なぜ自分が死ななければならないのか」「死後の世界は本当にあるのか」「人間にとって死とは何か」等医学を越えた問題が出てくる.この時魂のケアが必要になってくるが,これについては次の霊的なケアで詳しく述べることにする.<復> 2.霊的なケア.<復> キリスト教主義に基づいたホスピスにおける霊的なケアはいわゆる死の牧会と言われるものである.末期患者への牧会の目標は「私たちの味わう死の苦悩はすべてイエス・キリストによってすでに味わわれ,すでに勝利されているという事実によって私たちも恐れなく死と対面できる」ことを伝えることである.末期の状態というのはいわば魂がむき出しになっている状態である.これまで着けていた地位や名誉と言われる衣が完全にはぎ取られてその人の魂がむき出しになる.それゆえに福音が真っすぐ伝わるチャンスになるのである.ここで末期患者を見舞う教職者やまた信徒たちが心得ておくべき具体的な事柄について述べてみたい.<復> (1) 患者の罪意識に注目すること.末期の患者は,自分がこのような状態になったのは,身体を粗末に扱ったためではないか,また,悪い習慣や行為のためではないか,というような罪意識を持っている場合が多い.教職者の役割の一つは,そのような罪がすべて赦されているという福音を伝えることである.<復> (2) 患者のニーズに仕える.患者が今,どのようなニーズを持っているかをいつも中心に考える必要がある.時には,自分のニーズを満たすために患者を訪問する信徒や教職者を見かけるが,これは厳に慎まなければならない.自分が持っている心のやるせなさやつらさを,十分に聞いてほしいと思っている患者のところへ来た教職者が,一方的に説教をして帰るというようなことがあるが,これは自分のニーズを満たすだけの行為であり,患者のニーズを無視している.<復> (3) 患者の感情に敏感になる.末期の患者は自分がどのような目で見られているかに対して非常に敏感である.決して気休めは通用しない.励ますつもりで「今日はちょっと顔色がいいですね.すこしずつよくなっていきますよ」というような言葉かけをすることがあるが,自分で次第次第に弱っていることをはっきりと感じている患者の場合は,これは単なる気休めにすぎない.また,「治ったら教会に来て下さいね.一緒に賛美しましょう」というような言葉は,患者に通じない場合がある.それは,そのような言葉をかける人が,もう再び一緒に賛美をすることはできないということをはっきり知っているからである.自分の言葉の中にうそが入る時,人はどうしてもその言葉に情を込めることができない.<復> (4) 訪問は短く,頻繁に.末期の患者の場合,長い訪問は患者を疲れさせる.訪問の原則は,訪問時間を短く,しかも頻繁にということである.ただし,必要な時には十分に時間をとることも大切である.ある患者のところへ牧師がよく訪ねてきていたが,患者が「牧師さんは、私がいつも少し話を聞いてほしい時に,ではお祈りしましょうと言われるのです.お祈りしましょうということは,今日はこれでさようならという意味なのです」と言うこともあるのである.<復> (5) 非言語的コミュニケーションを大切にする.末期の患者は体が弱った時,しゃべることさえつらくなる.また,こちらがしゃべりすぎると疲れる場合もある.そのような時,そっと額に手を当ててあげたり,また,優しく手を握ってあげるなど,非言語的コミュニケーションを中心にすることも必要である.<復> (6) 受け身の踏み込み.私たちは,末期の患者に接する時,常に受け身でなければならない.しかし,死について語り合いたいという気持が患者にあれば,勇気を持って踏み込んであげることも大切である.病名に関しても,この受け身の踏み込みが大切である.患者がどの程度知りたいと思っているかを,まずこちら側が知る必要がある.ある人は,本当のことを知りたいと言い,事実知りたがっている.しかしある人は,本当のことを知りたいと言うが,実際は知りたくない場合もある.病気のことは口に出したくない人,病気のことは一切聞きたくない人も存在する.いつも受け身でありながら,しかし,踏み込む必要がある時には勇気をもって患者の心の中に踏み込んでいくということが必要である.<復> (7) 聴覚は最後まで残ることを知る.患者は次第次第に弱って,こちらの呼かけに対しても応じることができなくなる場合がある.しかし,聴覚が最期まで残ることが様々な電気生理学的な研究でわかっている.それゆえに,患者の耳もとで聖書を読んだり,祈ったり,また賛美したりすることは非常に有意義なことなのである.<復> 淀川キリスト教病院のホスピスでは,このような霊的ケアによって年間10名の受洗者が起されている.→精神医学とキリスト教,カウンセリング.<復>〔参考文献〕柏木哲夫『死にゆく人々のケア』『死にゆく患者と家族への援助』医学書院(1978,1986);柏木哲夫『生と死を支える』朝日新聞社,1987;柏木哲夫『安らかな死を支える』いのちのことば社,1984.(柏木哲夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社