《じっくり解説》時とは?

時とは?

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時…

時の概念には日常的なものと宗教的・信仰的なものが含まれている.特に聖書はイスラエル民族が長い歴史の中でメソポタミヤ,カナン,エジプト,バビロニヤ,ローマなどの影響を受けながら日常生活の中の時を区分し,また神の時についての独自な理解をしていたことを示している.以下に聖書が示す歴史的な流れの中での日常的な時の理解と,聖書から引き出される神学的な時の理解について述べる.<復> 1.日常生活における時.<復> (1) 太陽年と太陰年.古代エジプトでは前2000年代の初めに太陰暦から太陽暦に変ったと言われる.しかしその後,両方が併用されて暦年と自然との調和が計られた.メソポタミヤでは古くから太陰暦が用いられ,1年は29日あるいは30日を1か月とする12か月から成り,1日は夕方から始まり,新しい月は新月の現れる夕方から始まった.新年は春のニサヌの第1日に始まり,アッダルの月に終った.太陽年より約11日少ないために2年か3年ごとに第13の月が加えられて調整された.カナンの地での暦は明確ではないが,農業生活との関連で恐らく太陰暦が用いられていたと考えられる.<復> (2) 聖書中の時の区分.聖書中の時の区分に関する最初の記述は創世1章にあり,特に14節には「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け,しるしのため,季節のため,日のため,年のためになり」(口語訳)とある.まず「1日」は昼と夜から成っていることは明白であるが,エジプト式に朝から朝までを1日と数えたのか,メソポタミヤ式に夕方から翌日の夕方までを1日と数えたのか明確でない表現があり,R・ド・ヴォーは捕囚以前はエジプト式に数えていたがそれ以後はメソポタミヤ式,すなわちバビロニヤ方式を受け入れたという見解である(『イスラエル古代史』「時の区分」).従って旧約聖書中では,「時」に関しては,バビロニヤ捕囚が大きな転換期となっていると見る.しかし,族長時代からメソポタミヤの影響が大きいことを考えれば,捕囚以後に限定する理由はない,カナンの地が古くから東西の主要通路の一部であったことと,イスラエルの歴史的背景を考慮すれば,時の区分と実用に二重性が見られることも理解できよう.いずれにしても,ユダヤ教においては1日が夕方から始まるものとされ,安息日を初め日常生活に適応されたことは,新約聖書からも明らかである.昼間の区分は朝・夕・日中・日暮れなどの表現が見られる.夜間は,旧約聖書では3区分(哀歌2:19,士師7:19,出エジプト14:24),新約聖書ではローマ式に4区分(マタイ14:25,マルコ13:35)とされていた.<復> 「1週」を7日とする数え方は,メソポタミヤで族長時代以前からあった.その起源については明確ではないが,7([ヘブル語]シェバ→シャーブーア)を聖数とする聖書の理解は創造物語からもうかがえる.特に第7日を安息日とする数え方は聖書独自のものと言える.第6日は安息日のための「準備の日」(ルカ23:54)とされた.暦の「月」を表すヘブル語にはイェラフ(出エジプト2:2,申命21:13)とホーデシュ(創世7:11等)があって,Ⅰ列王6:38,8:2には両方が出てくる.<復> カナンで用いられていた月名のうち,アビブ(出エジプト13:4),ジブ(Ⅰ列王6:1),ブル(Ⅰ列王6:38),エタニム(Ⅰ列王8:2)の四つが聖書に出てくる.ゲゼル出土の前10世紀の石板に刻まれた農耕用のカレンダーは,「蒔く」「刈る」「集める」「摘む」などの呼称によって12か月を区分しており,聖書中の「大麦刈り」「小麦刈り」「収穫」などの季節の呼称との関係が見られる.しかし旧約聖書中に通常用いられている月名はバビロニヤのもので,ニサン(3—4月),イッヤル(4—5月),シワン(5—6月),タンムズ(6—7月),アブ(7—8月),エルル(8—9月),チスリ(9—10月),マルヘシュワン(10—11月),キスレウ(11—12月),テベテ(12—1月),シェバテ(1—2月),アダル(2—3月)である.<復> 「1年」の構成が12か月である点ははっきりしているが,イスラエルで太陽暦が用いられたのか太陰暦が用いられたのか明確ではない.太陰暦が用いられたとしても,調整のために第13の月があったという記述は聖書にはない.捕囚以後のユダヤ教の暦では,「第2のアダル」が太陰暦使用に伴って定められた.<復> さて,「年」に関する複雑な問題は,新年を秋からとする暦と春からとする暦があったという点である.出エジプト12:2は出エジプトの月すなわち過越の祭のある春のニサンを「年の最初の月」とし,出エジプト34:22では秋の収穫祭が「年の変わり目」であるとしている.この問題に関して,R・ド・ヴォーは,エレミヤ36:22の「第9の月」は春から数えて9番目の月すなわち11月か12月と見る.それは王が冬の家にいた時と一致するからである.また,エルサレムが陥落したのは「第5の月」(Ⅱ列王25:8)とあるが,エレミヤ40:10,12,41:8などからやはり春を新年とする数え方であると理解している(「前掲書」).そしてヨシヤ王の死後,春を新年とし,新月の現れを月の初めとし,1日の始まりを夕方からとするバビロニヤ方式が受け入れられたと主張する.ヨセフスによれば,二つのカレンダーはモーセによって取り入れられ,ニサンを第1月とする暦は宗教用に,秋を年の初めとする暦は日常生活用に用いられたと言う.現在のイスラエルでは秋のチスリの月がユダヤ教暦の新年であり,同時に普通のカレンダーも併用しているので,陰陽暦(lunisolar)である.<復> 「季節」は大きく二つに分けられ,冬([ヘブル語]ホーレフ)と夏([ヘブル語]カーイツ),あるいは種蒔き([ヘブル語]ゼラ)と収穫([ヘブル語]カーツィール)時,雨季と乾季である.雨季は10月から4月頃までである.<復> 最後に「年代」の問題がある.創造から洪水まで,洪水から出エジプトまで,出エジプトからソロモンまで,ソロモンから捕囚帰還まで,それぞれに年代の資料があるが,その解釈は一様ではない.文字通りの解釈,象徴的な解釈,あるいは神学的な解釈が必要な場合もある.特に南北2王国時代の王たちの統治年数に関しては,アッシリヤ・バビロニヤ式に即位の年の翌年から数える事後日付とするか,エジプト式に即位の年から統治年数を数える事前日付とするかで相違が出てくる.また摂政年数を父・子それぞれの統治年数として数えることによっても差が出てくる.説明のために極端な例を挙げれば,12月30日に即位して1年後の1月2日に死去した王は,実際の王位は1年と2日であるのに,事前日付によれば3年間統治したと算定される,また摂政期間が長ければ長いほど,父と子の統治期間を別々に計算した場合は誤差が大きくなる.<復> 2.聖書が示す時の概念.<復> (1) 被造物としての時.創世1:1は「初めに,神が天と地を創造した」と述べている.これは単純に考えて時間も含めた現世界の一切の始まりを述べている.時間は全被造存在の一つの形態と考えられ,創造以前には時間は存在しなかったとすれば,世界は時間の中で創造されたのではなく,時間とともに創造された(アウグスティーヌス)と言える.すると神は創造前に何をしておられたのか,という「時間と永遠」に関する議論が起り,永遠的創造説(オーリゲネース,スコートゥス等)や,時間と永遠の区別を主観的なものと主張する哲学者(スピノーザ,ヘーゲル等)が現れた.しかし,神の永遠性ということは単に時間の無限性ということではなく,私たちの時間概念を全く越えた,時間とは本質的に異なった状態であると考えられる.<復> 神は過去・現在・未来を把握し(イザヤ41:4),しかも時間とは異質の存在であり(イザヤ40:28),永遠の行為として創造を計画され(詩篇90:2),時間的な行為として時間とともに創造計画を実行された.従って,時間も被造物も初めがありまた終りがある存在である.<復> (2) 啓示に歴史的進展的性格を与える時.これは,聖書の示す時の概念が,直線的であり終末論的であるということである.しかも単に直線的なのではなく,らせん状(スパイラル)に進展拡大しながら終局の完成へと向かうという時間理解である.このような理解は,特に時間を周期的な回帰としてとらえるギリシヤ的な思考と対比的であり,ヘブライ的・キリスト教的思考と言われる(T・ボーマン).ギリシヤ哲学の永劫回帰や仏教に見られる輪廻思想は,結局は自然との合一であり,聖書の示す客観的で人格的な創造者・支配者・救済者の概念に欠けている.聖書の時間概念・歴史概念の根底には,神と,人の罪と,神による罪からの救いという3点が一貫して強調され展開されて,終末に至る神の主権的な支配が時の流れの中で具体的に選ばれた者の歴史を形成していく.その歴史的な始まりはエデンの園における人類の堕落と神の配慮であり,以後カイン物語,洪水物語,アブラハム物語,モーセ物語,王国の歴史,捕囚と帰還と続いて,神の救いの計画の進展が述べられる.特に記述預言者たちによる終末的な預言は,罪の告発とともに「新しい契約」(エレミヤ31:31)による回復が強調され,メシヤ待望の思いがエルサレム神殿再建と神政政治によって高められつつ新約時代へと突入するのである.このような歴史的終末論はイエス・キリストにおいて本質的に成就されたと証言するのが新約聖書である.<復> (3) キリストによる新しい時.マルコ1:15には,イエスが「時が満ち,神の国は近くなった」と宣べて福音宣教の公的な働きを開始されたとあり,ガラテヤ4:4では「定めの時が来たので」とパウロは記している.ここでマルコはギリシヤ語カイロス(ちょうどよい時期の意)を用い,パウロはギリシヤ語クロノス(継続している期間の意)を用いて「時」を表しているが,イエスの到来は歴史という長い時間の流れの中でも,30数年というイエスの短い生涯の中でもちょうどよい時に実現されたことを表している.またイエスは御自分の「時」(カイロス)について十分意識しておられた(ヨハネ7:6,8,マタイ26:18).イエスは神の歴史支配の中で受肉され,最も適切な時点で十字架にかけられたのである.しかし「神は,この方を死の苦しみから解き放って,よみがえらせました」(使徒2:24).「主イエスは,私たちの罪のために死に渡され,私たちが義と認められるために,よみがえられた」(ローマ4:25).これは全く新しい時代の到来を示す出来事として証言され,宣べ伝えられた事柄であった.死からの肉体の復活は,時間と永遠の結合を象徴するものであり,しかも新しい時間の中での生活を保証するものである.パウロは特にイエス・キリストの贖いによって「今は恵みの時,今は救いの日」(Ⅱコリント6:2)であることを強調したが,同時に完全な完成はなお未来にあることも強調して(ピリピ3:10‐12)いる.新しい時代は「すでに」到来しているとともに「まだ」完全に現されてはいない.それはキリストの再臨によって実現されるものである.<復> (4) 教会の時.キリストを頭とする有機的な共同体である教会は,現在の歴史の中でキリストの再臨を待望して新しい天と新しい地の出現を信じている.すなわち,教会が待望する終末は,個人的な時の終りではなく,全世界的終末である.天の国ではなく,地上に出現する新しい時代である.しかし,それはかつて,キリスト教の国教化(392年)に伴って見られたような制度的・政治的な教会の姿と同じではない.それは「見よ.神の幕屋が人とともにある.神は彼らとともに住み,彼らはその民となる.また,神ご自身が彼らとともにおられる」(黙示録21:3)という状態である.これは「わたし,主こそ初めであり,また終わりとともにある.わたしがそれだ」(イザヤ41:4)とのイザヤの託宣の成就である.<復> 以上のように聖書は一貫して,進展的な時間の初めと終りを主張し,しかも時間の創造者が新しい時の中で共に住むという驚くべき約束で閉じている.教会は「すでに」と「まだ」という時の間にあって「わたしはアルファであり,オメガである」(黙示録1:8)方の来臨を待ち望むのである.<復>〔参考文献〕Vaux, R. de, Ancient Israel, Vol.1, McGraw‐Hill Book Company, 1965 ; The International Standard Bible Encyclopedia, Eerdmans, 1944;『ブリタニカ国際大百科事典』TBSブリタニカ,1988;O・クルマン『キリストと時』岩波書店,1962;Berkhof, L., Systematic Theology, Banner of Truth, 1949.(富井悠夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社