《じっくり解説》聖書批評学(旧約)とは?

聖書批評学(旧約)とは?

聖書批評学(旧約)…

旧約聖書批評学は,聖書を科学的に調べ,その成果を聖書理解に適応させようとする聖書批評学の中の旧約聖書分野である.従って,まず聖書批評学とは何かを簡単に説明し,次に旧約聖書批評学について,その歴史及び現状を概観するのが適切であろう.<復> 1.聖書批評学.<復> この用語は最近までの約2百年間,聖書緒論という名の下に扱われる聖書の歴史的批評的考察を意味し,上層批評あるいは高等批評とも呼ばれてきた.その内容は聖書各書の成立年代,著者問題,正真性,正典性,起源,伝達経緯,統一性,内容分析,目的,特徴などを考察することであり,解釈も含まれている.従って聖書の批評的,合理的考察作業のほとんどが含まれていることになる.この上層批評と対応する下層批評とは,聖書原典の正しい読みやつづりを確定することを主要目的とする作業であり,本文批評学と呼ばれる.その方法は聖書の古い写本や翻訳,聖句引用等を照合し,注意深く取捨選択し,問題のある聖書箇所の正しい読み方を決定しようとするものであって,上層批評を支えるという意味で下層批評なのである.これら上層・下層批評学の上に聖書解釈学が始まり,与えられた聖書テキストの意味を理解するための原理,方法,規則等が確立され,この理論に基づいて聖書釈義という実際の作業が行われることになる.<復> このように聖書批評学は聖書解釈学と切り離せない関係にあり,現在では聖書批評学という用語は従来よりも広い意味で用いられている.<復> 2.旧約聖書批評学の歴史.<復> 歴史における神の自己啓示の書である聖書を理性を用いて解釈することを指して批評学と言うならば,当然のことながら旧約聖書批評学のほうが新約聖書批評学よりも時間的に先であり,千年もの長い期間を経て成立した旧約聖書そのものの中にも歴史や出来事の解釈に関して批評的な作業がなされているのを見ることができる(並行記事や歴史記述の観点の相違を参照).また旧約聖書の筆写作業に伴う本文批評も古くからユダヤ人によってなされ,特に旧約聖書のギリシヤ語訳(70人訳)にはヘブル語聖書と異なる章句,書物も含まれている.<復> さらにユダヤ教の学者による聖書解釈作業の中にはあらゆる種類の批評的考察が含まれている.イエスの時代には,パレスチナではヒレルによる七つの解釈原理を中心に聖書が解釈され,アレキサンドリアではプラトーンの哲学に影響された寓喩的比喩的解釈方法がフィローンを代表として流行していた.そして基本的にはこの二つの流れ,すなわち聖書の字義的解釈と比喩的解釈はキリスト教の教父時代へと受け継がれ,オーリゲネース(185年?—254年?)のようにその本文批評作業として有名なヘクサプラ(旧約聖書の6か国語対訳)を残す学者や,文法的歴史的解釈を主張するアンテオケ学派のような健全な立場,あるいはヒエローニュムス(347年?—419/420年)のウルガタ訳に伴う言語学的,歴史的,考古学的注釈等も見られたが,しかしやがて流れは,教会の伝統や儀式を重んじ教会の解釈を聖書解釈の最終判定基準とする中世の暗黒時代に入っていくのである.<復> 文芸復興(ルネサンス)の時代は健全な聖書解釈原理を発展させたが,それは原初に帰るという主張によるものであり,神のことばとしての聖書に新たな強調を置くプロテスタント宗教改革への道を開いた.当時ヨーロッパの両眼と呼ばれたロイヒリーンはヘブル語の文法書と辞書を,エラスムスは最初のギリシヤ語新約聖書の批評研究版を発行した.1440年の印刷技術の発明が聖書の印刷や翻訳を大いに助けたことも見逃せない.<復> 宗教改革の時代は特にルター,メランヒトン,カルヴァン等による文法的・歴史的・神学的解釈原理が強調され,寓喩的解釈は退けられた.しかし旧約聖書の予型論的解釈は強調された.<復> 宗教改革に続く信条主義の時代は聖書は教義の僕となり信条の証拠句を提供する役目を担わせられた.しかし,17,18世紀の啓蒙時代に入り,歴史的,合理主義的意識の高まりとともに聖書に対する言語学的,歴史学的,文学的疑問が続出し,聖書の年代問題,場所や著者問題,目的や資料問題が論じられるようになり,聖書の歴史的批評的時代が始まるのであるが,その代表的先駆者は『神学政治論』を書いたオランダの哲学者スピノーザ(1632—77年)であった.<復> この時代の実りは,聖書の文法的・歴史的解釈の強調ということであったが,当初は文法学派と歴史学派が極端に対立していた.しかし18世紀の終りから19世紀の終りにかけて聖書解釈の分野には三つの顕著な傾向が現れた.その第一は極端な合理主義的立場であり,旧約部門ではグラーフ・キューネン・ヴェルハウゼン学派(19世紀後半)をその代表とすることができる.この学派は旧約聖書を客観的・歴史的方法で説明しようとして,進化論哲学との調和を図った「文献批評」説を提唱した.<復> これはモーセ五書の起源に関するもので,まず前850年頃南王国ユダで書かれた天地創造からヨシュアによるカナン定住までを記したイスラエルの歴史文書J資料(ヤハウェだけを用いている)があり,次に前750年頃北王国エフライムで歴史文書E資料(ヤハウェ名の啓示まではエローヒーム名のみを用い,啓示後はヤハウェのみを用いている)が作成され,それらは前700年頃編集者によって一つにされた.その後第三のD資料(申命記資料)が前600年頃作成され,550年頃にJEDとなり,さらに前450年頃に祭司的文書P資料が作られ,前400年頃に四つの資料はJEDPとして編集されたという仮説である.この仮説は現在も旧約聖書批評学の主要な前提とされ,批評的な立場の聖書解釈に用いられている.このような合理主義的立場に対抗するものとしてヘングステンベルク(1802—69年)とその弟子たち(K・F・カイル,ヘベルニック等)は宗教改革の原理に立ち返って,聖書の十全霊感と無謬性を主張した.こうして聖書の文法的・歴史的解釈原理が確立されていった(C・A・G・カイル,ダビデソン,フェアベアン,テリー等).しかし第三の傾向はこの聖書の文法的・歴史的解釈原理だけでは十分ではないとするもので,神の啓示の核となっている「より深い意味」を探ろうとした.しかもそれは寓喩的解釈とは異なり,字義通りの意味に基づくものでなければならない,という立場である.これは文法的・歴史的解釈を補い,歴史的・批評的解釈の破壊性を阻止しようとする「神学的解釈」原理の主張へと続くものである.<復> 19世紀の終りから20世紀の半ばには比較宗教学の研究によって旧約聖書の社会的・宗教的状況が明らかにされ,また政治・経済の変化によって中近東の考古学的発掘作業や研究が盛んに行われた.そして古い聖書写本の発見(死海写本その他)は本文批評学を進展させ,古文書の発見(ラス・シャムラ粘土板,エブラ粘土板)は旧約聖書世界の理解を助けている.<復> 批評学の分野では20世紀の初めに様式史批評(H・グンケル)が現れ,旧約聖書の類型的研究が提唱され,文書化以前の口伝の段階,すなわち伝説,賛歌,のろい,ことわざ,たとえ等に注意が向けられた.それ以来,小グループ資料の伝達,編集,文書化の経緯を追跡・分析する編集史批評や伝承史批評が現れた(G・フォン・ラート).また様式史批評を補うものとしてJ・ミュレンバーグは修辞学批評説(1968年)を提唱した.ほかにも構造主義批評や正典主義批評(B・チャイルズ)と呼ばれる研究方法が現れてきている.<復> 3.旧約聖書批評学の現状分析.<復> オックスフォード大学旧約聖書神学講師ジョン・バートンは,その著『旧約聖書読解』の中で文献批評,様式史批評,編集史批評,構造主義的批評,正典主義批評を紹介しつつ各説の短所をも指摘し,おのおのの聖書研究方法が協力し合い,相互に補い合っていく必要があると述べている.彼は1953年に出版されたアメリカの文学評論家M・H・アブラムズの著書『鏡とランプ』中の図式を借用して聖書批評学の構造を次のように分析し説明している.<復> まず四つの項目が設定される.(1)歴史的出来事あるいは神学理念,(2)テキスト(聖書),(3)著者(単数・複数・共同体),(4)読者である.次に(2)のテキストを中心とする正三角形が描かれる.さて聖書批評学とは,中心にある(2)のテキストが提供する(1)の歴史的出来事や神学理念から(3)の著者問題に研究の目が向けられる時に開始される.すなわち「著者(あるいは共同体)はこのテキストで何を意味しているのか」との問に答えようとする時に,歴史批評や文献説,様式批評,編集史が提示する問題に答が与えられる.テキストを書いたあるいは編集した人物(共同体)の意図を探るのがこれらの批評説の目的だからである.<復> さらにバートンによれば,最近の急進的な旧約聖書研究は,(3)の著者問題から(2)のテキストそのもの,そして最終的には(4)の読者に研究の中心を向けるものであり,B・S・チャイルズが頻繁に用いる正典主義批評という理念がこれである.このテキスト中心主義は20世紀に英国とアメリカで花開いた「新批評主義」の影響を受けたものである.また構造主義的方法論も(1),(3)の項目を無視し,軽視するという点でチャイルズ一派と同じである.すなわち最近盛んに論じられる構造主義(F・ソシュール,C・レビ・ストロース,ロラン・バルト)は,(2)のテキストそのものから離れてテキストと(4)の読者・聴衆との関係に関心を持つものである.しかもテキストそのものよりは読者とテキストとの関係を最大の関心事とする.従ってテキストは歴史発生的(通時性)に扱われるのではなく,テキストの現在の位置関係(共時性)や構造が重視され,現在の位置でのテキストの意味が探られる.それはテキストの持っている「慣行化した読み方」を探るだけであり,「読み方の社会的慣行」の探求であって,テキストの史的価値は問われない.<復> 以上のことから要約されることは,旧約聖書批評学は大きく二つに分けて考えられる.一つは聖書本文に基づく「歴史的・批評的」研究すなわち「伝承史的研究」であり,これには様式史,編集史(文献批評),本文批評等が含まれる.<復> もう一つは聖書解釈学の分野に属するもので,この中に正典主義的方法論や構造主義的方法論が含まれると言えよう.<復> さて聖書批評学が聖書解釈学と同様,一つの技術であると考えるならば,確かに兄弟姉妹の関係にあり,その歴史も現状も密接に絡み合っているのは当然である.この意味で現在の聖書批評学の範囲は広くなっていると言えよう.<復> このように聖書解釈との関係が深い旧約聖書批評学において,テキストの重視と神学的解釈という二点を慎重に取り扱うことが必要であろう.聖書を神のことばであると告白する立場に立つ時,正しい意味でテキスト中心的でなければならず,また聖書の文法的・歴史的解釈とともに神学的解釈が求められる.このことは旧約聖書のキリスト論的解釈や予型論的解釈とかかわり,聖書の霊感問題ともかかわってくる.聖書の科学的研究の重要性が強調されるあまり,聖書啓示の歴史的・進展的性格が軽視されたり,有機的統一性が破壊されることがあってはならない.聖書の真の著者は神である.→聖書批評学(新約),聖書本文(旧約),聖書写本,聖書解釈学,聖書の霊感.<復>〔参考文献〕『聖書学方法論』日本基督教団出版局,1979;Terry, M. S., Biblical Hermeneutics, Zondervan, 1974 ; The New Schaff‐ Herzog, Religious Encyclopedia ; Soulen, R.N., Handbook of Biblical Criticism, John Knox Press, 1981 ; Barton, J., Reading Old Testament, The Westminster Press, 1984 ; Berkhof, L., Principles of Biblical Interpretation, Baker, 1984.(富井悠夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社