《じっくり解説》平和主義とは?

平和主義とは?

平和主義…

戦争に対してとる態度のうち,ある価値観のもとに,戦争そのものに反対したり,召集を受けた時,武器を取ることを回避したり,兵役そのものを拒否したりする態度や行動のことを言う.<復> 1.キリスト者と戦争.<復> 教会または個人としてのキリスト者が,戦争に対してとる態度は様々である.単に欲望を満たすための略奪や,支配を広げるための侵略,また怨恨を晴らすため,といった戦争は原理的には認めがたい,とする者は多い.キリスト教の中心的な使信が神の愛であり,また十戒(十のことば)に「殺してはならない」とあることなどから,教会やキリスト者は一般に平和主義であるように思われる.<復> キリスト者が戦争に従事するとすれば,聖戦と正義の戦いが,考えられる場合である.<復> (1) 聖戦.旧約における「聖戦」の思想は,今日の人道主義的な立場から見れば理解しがたいところがあるが,旧約聖書のコントラストにおいては,神の絶対的聖性の貫徹が啓示されるために不可欠の要素となっている.しかし,新約時代から,原始教会時代を経て,キリスト教が国教になってくると違った意味を持つようになってきた.<復> 聖戦とは,神に命じられたと強く確信して行う戦争である.旧約聖書には,神の直接の命令を聞いて,戦争に出かけて行く場合がよく見られる.それは,鬼退治に出かけて行くのに似ており,神の委任状を所持しているわけであるから,こちらは常に正義で,相手は常に悪という構図がある.戦争を,こちらから開戦するような場合でも,その神の命令のゆえに,「殺してはならない」とか,「隣人を愛しなさい」という戒めも,超法規的免除を受けるというような響きがある.中世の十字軍なども,聖地を占領する憎き敵を討ち取ろうと出て行ったのである.しかし,今日の戦争にそれを当てはめるのは無理があると思われる.<復> (2) 正義の戦い.正義の戦いは,それと似ているが,聖戦よりは幾らか穏やかで,正義を保ち平和をもたらすために,戦争以外の方法はないと判断される時,最後的に行うという意味合いを持つ.この場合も当方には正義がなければならず,願わくは仕掛けるよりは,防衛の場合に限りたいという含みがある.確かに,戦争によって一時的に力関係で,戦争が終るということはあるかもしれないが,戦争という武力を用いる以上,また次の戦争を招く可能性が高いことも事実で,両国の力関係が,圧倒的に格差があるか,均衡しているかでなければ,平和は続きがたい.<復> 2.平和主義の系譜.<復> これに対して,平和主義は基本的に戦争を避ける態度のことであるが,どういう場合にも戦争を避け,あらゆる戦争の服務を拒否する絶対平和主義から,幾らか例外を認めるものまで,種々の考えに分れる.教会史の中でこれまでに見られた平和主義の系譜をたどってみよう.<復> (1) 初代・古代教会の平和主義.初代・古代教会においては,原理としての平和主義があったと言うよりは,実際の問題として,キリスト者を迫害している政府の行政に参画することを拒否するためとか,偶像礼拝を軍部より強要されるというので従軍に反対していたと言えよう.キリスト者は社会的に少数派であったので,どちらかと言えば教会全体として,戦争にどうかかわるかということよりは,個人としてどういう態度をとるかにより関心が集中していた.<復> (2) 中世.ところが,コンスタンティーヌス帝の時以来,キリスト教が国教となり,国家政治と教会や個人の信仰とを切り離すことが不可能になり,キリスト者も戦争に参加することを余儀なくされた.絶対軍国主義に加担はしなかったものの,平和主義もとり得ず,戦争を制限的に認めることとなった.<復> (3) 近代.宗教改革者たちの教会も,国家との深い運命共同体であったから,全くの平和主義に立つ者はまれであった.ルターは,二王国論によって,教会やキリスト者は平和の福音を説くが,もう一つの神の統治の機関である世俗の国家は,剣を与えられているとした.カルヴァンは,教会は正義の戦いをすることがあることを認めたし,ツヴィングリは自ら剣を取った.<復> そんな中で,カトリックの学者であるオランダのエラスムスは,平和主義を主張した.彼は,教育を通じて教会と社会を改革することを考えていたので,平和は必須条件であった.鉄の武器を軽蔑し,ことばによる主張を尊いと考えた.正義の戦いを否定することはしなかったが,当時のヨーロッパの戦争は,それに該当しないと主張した.彼の思想は,古代ストア主義者の宇宙の調和の思想によっており,実際には,ドイツ帝国の中の小領邦国,スペイン,フランス,イギリスが仲良く調和を保つという意味での平和主義であった.<復> アナバプテスト派もこの時代に,鮮明に平和主義に立った.メノー・シーモンスら16,17世紀のアナバプテスト派の人たちは,キリストの救いが,古い自分とは全く絶縁した新しい創造であって,キリスト者は現存の社会的秩序や機構と隔絶しているべきであると考えた.彼らの中には罪の支配する世にあっては政府が必要と認め,武力や戦いに訴えない奉仕には参画する者も多いが,全く分離し独自の共同体を形成する者も出た.こうしてこの世と分離,隔離することにより,少なくともキリスト者が戦争に参加することを拒否する意味での平和主義を貫いたのである.<復> これに少し遅れて,クエーカー派の人たちも,平和主義を主張した.彼らは,戦争とそれがもたらす殺戮は福音の使信になじまないとし,召集を拒否した.また,個人的確信にとどまらず,支配者に訴えようという意図を持っており,自ら武器を取らないだけでなく,その使用者に忠告を与えた.彼らの平和主義は,キリストの王国とこの世の王国を峻別し,前者を優先するところから来る.ジョージ・フォックスの,「戦争のすべての誘因を取り去る生命と力によって生きているのです」ということばは,その立場を雄弁に伝えている.<復> 啓蒙期には平和主義を主張する者が多かった.それは,長い間続いた暗黒の宗教戦争の反動として,戦争を嫌悪することから来ている.多くの場合その平和主義は,キリスト教的な基盤からではなく,楽観的で進歩主義的な人間観を基盤にしながら,近い将来無戦状態が到来すると主張した.唯物的進化論の後押しを得て,野獣状態の時代の人間にとって,戦争は自然な生活様式であったとしても,人類の進歩により,野蛮本能は次第に失せ,それにつれて戦争は次第に少なくなると考えたのである.カントは啓蒙による永久平和,フォズディクは絶対平和を説いた.トルストーイも山上の説教を理想とし,平和主義を説いた.これらの平和主義は,希望観測的であって,第1次世界大戦により,その夢はもろくも崩れ去った.<復> 3.平和運動.<復> 現代は,教会以外の世俗の平和運動があり,ガンディーのように,人道主義の無抵抗主義の立場から大きい影響を与えた者も現れた.<復> 1899年第1回ハーグ国際平和会議,1907年第2回ハーグ平和会議で,平和主義者の協議会という形をとりつつ,国際会議が持たれた.皮肉なことに,そのハーグに平和の宮が築かれた年に,第1次世界大戦が勃発したのだった.<復> 第2次世界大戦後にも,原水爆禁止運動などの多くの平和運動が起されたが,戦後45年を過ぎた今,戦争も辞さない愛国主義が復興していることも事実である.戦争の災禍による猛省も,長くは続かないのだろうか.<復> 4.教会と平和運動.<復> 戦争に対する教会の態度は,教派によって違っている.同じ平和主義と言っても,教会との関係では,幾つかに分類される.<復> (1) 教会が平和主義に立つ場合.フレンド派(クエーカー派),メノナイト派は信仰そのものの中に,いかなる戦争にも参加せず,武器を取らないという教理を持っており,その信仰のゆえに兵役免除を要求する.<復> (2) 教会が信者の平和主義を公認する場合.監督教会,メソジスト派の一部は,団体の信仰箇条としては平和主義ではないが,良心的拒否者を公的に保護する姿勢を見せてきた.<復> (3) 個人として.さらに,教会が戦争について明確な態度表明をしない場合,全く個人として,良心と信念から兵役などを拒否する場合もある.<復> 日本の教会は,一般的に戦争に対して,公的に反対し平和主義を主張したことはない.戦前では内村鑑三が戦争反対を公言した.戦時中,灯台社の明石順三は,エホバの証人の戦争拒否の立場に立ち,投獄されたが,いずれも個人的な主張の色彩が強い.戦後始められた多くの福音主義的教会は,これまで戦争を経験しておらず,教会としての態度は明確にされていない場合が多く,現在のところ個人的な判断によるところが大きい.<復> 5.今日のキリスト者と戦争.<復> 核戦争の時代となって,武器も恐るべき破壊力を持つようになり,もはや戦争はどのような理由付けをもってしても正当化されない現在,キリスト者にとって,平和主義をとるほかはないように思われる.<復> ベイントンはクエーカー派の立場をあくまでも貫くことを訴える.彼によれば,キリスト者の平和主義は戦術ではなく,あかしである.良心的反戦論者が,戦争を中止できるぐらい多数であったためしはない.だから,たとい少数でも実際の行動で示すことが重要と考える.しかし,それでは個人的に兵役は拒否できても,戦争を回避するまでには至らないかもしれない.<復> カール・バルトは,戦争にはぎりぎりのところまで反対する.戦争は,福音的生き方に矛盾するものであり,戦争が起ることを仕方のないこととしてあきらめる態度をとってはならないと考える.戦争を国家運営の本質として認めてもいけない.国家は戦争が起らないように全力をあげて努力する務めがあり,それができるように見守るべきである.しかし彼は,絶対平和主義者の兵役拒否を,社会的責任からの逃避であるとして,そういう態度こそ戦争を促進してしまうと,反対する.それは,かえって戦争を個人の倫理の枠から遠のけてしまうと言うのである.<復> 私たちは実際に戦争に直面するなら,この両者の考えのはざまで苦しむことになると思われる.しかし,戦争が起る前に,社会の一員として責任ある参与をし,その中で平和の福音をあかしし続けることが,何にもまして大切であると言えよう.→平和・平安,戦争,キリスト者の社会的責任,国家と教会.<復>〔参考文献〕R・H・ベイントン『戦争・平和・キリスト者』新教出版社,1963;K・バルト「戦争の問題」『キリスト教倫理Ⅲ—生への自由』新教出版社,1964.(片岡伸光)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社