《じっくり解説》コンテキスチュアリゼーション,神学のとは?

コンテキスチュアリゼーション,神学のとは?

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コンテキスチュアリゼーション,神学の…

コンテキスチュアリゼーションという用語は今日日本の福音派に徐々に広まりを見せ,世界的な流行に呼応しつつある.しかし,それは決して流行として扱われるべきものではなく,その内容の重要性は神学のあり方そのものに,また教会と現代日本社会との関係,ひいては教会の生命そのものに影響を与えるだけに,今後ますます増大していくものと思われる.<復> 1.定義と歴史.<復> コンテキスチュアリゼーションとは教会がキリストに服従し,御自身の世に対する宣教に倣おうとする時に,神のことばとしての聖書本文と人間の置かれている歴史状況というコンテキストとの相互作用の中から生れる教会の反省のダイナミックな過程のことを意味する.これは本質的には宣教学的概念である.<復> コンテキスチュアリゼーションは神の自己啓示に対する人間の理解に密接にかかわり合いを持つものである.主イエスの受肉は原文のコンテキストへの翻訳という意味で最高の模範である.主は永遠のロゴスであられたがユダヤ人として受肉され,ある歴史状況の中に,特殊な文化内に,これを超越される方であるにもかかわらず,自らをゆだねられた.こうした例を私たちは「使徒の働き」に現れたパウロの説教においても見ることができる.パウロがピシデヤのアンテオケでユダヤ人の会堂で語った説教(使徒13:16‐41)とアテネのアレオパゴスでギリシヤ人に語った説教(同17:22‐31)は社会学的,神学的に明確に力点を異にしたコンテキスチュアリゼーションの例である.教理史を見ても聖書の真理の宣言は常に一様ではなく,その歴史状況の中で教会の直面してきた神学的,倫理的問題を反映し,それぞれの信条,信仰告白の表現となってきた.<復> 19世紀は偉大な世界宣教運動の時代でもあったが,その代表的理論家ヘンリ・ヴェン(Henry Venn,1796—1873年),ルーファス・アンダスン(Rufus Anderson,1796—1880年)らによって土着化(indigenization)の概念が紹介されてきた.これによると,内容不変の福音は非キリスト教民族の「原始的な」文化に移植されるというものである.この流れはおもに礼拝様式,社会習慣,教会建築,伝道方策といったものに関心を寄せてきた.こうした傾向は現代でも広く見られるものである.土着化運動は植民地主義の拡大,教会及び諸団体のゲットー化ともなり,結局行き詰っていった.最近では土着化原理そのものが疑問視されている.第2次世界大戦以後,ナショナリズムの台頭,西洋植民地主義の崩壊,軍政または社会主義政権への転換となった政治革命が多くの国々を巻き込んでいった.さらに科学技術革命,物質主義,世俗的ヒューマニズムが現代社会のあらゆるところに浸透し,第三世界の人々は信仰の危機に直面し,土着アイデンティティーを超えた真理を模索することになった.こうして土着化からコンテキスチュアリゼーションへの移行に拍車をかけていった.<復> コンテキスチュアリゼーションは元来,WCC(世界教会協議会)側の一連の世界宣教に関する会議で,人間の救いを社会的和解,被圧迫者の政治的,社会的解放と規定する流れの中から生れたものである.この術語の起源は1972年WCC神学教育基金(TEF)の報告書「ミニストリーとコンテキスト」の作者ショーキ・コー(Shoki Coe)とアハローン・サプセジアン(Aharoan Sapsezian)が正式に使ったものである.彼らは「コンテキスチュアリゼーションという用語は土着化という用語のすべてを含むと同時にそれ以上のもの,世俗化の過程,科学技術,正義の戦い,すなわち第三世界の諸国の歴史的状況を特色付けるこれらの諸相を考慮に入れることを意味する」と主張している.この定義を福音派も受け継いでいる.土着化はおもに伝統文化,宗教を対象とし,その文化観は静的であるのに対し,コンテキスチュアリゼーションは伝統文化のみならず,政治,経済,社会的問題,つまり,社会正義,富と抑圧,権力と非力等の問題を考慮に入れる.その文化観は絶えず変化する動的なものと考える点において前者と異なるのである.<復> 2.コンテキスチュアリゼーションの解釈.<復> 現代主義者と解放の神学者たちはコンテキスチュアリゼーションの概念を広範に利用してきた.彼らはまず,神のことばはある特定の言語形式をとることはあり得ないとして,聖書が書かれた神のことばであるという伝統的理解を否定する.聖書はすべて文化的,歴史的に条件付けられているので,聖書の使信は相対的,状況的である.聖書が命題的真理を含んでいるとは彼らにとって考えられないことなのである.さらに,歴史的事件に現れた人間の闘争という具体的行為を離れては真理はないと信じている.真理と実践の間に分裂はなく,すべての神学は実践からのみくるとする.神学的認識は革命的実践における行為と反省への参画から得られる.以上のことから急進的神学者は解釈学的過程は聖書の釈義から始まるのではなく,時を預言者的に読むこと,一般的な歴史的過程と特殊な状況における神の人間化と解放の行為を見極めることから始まると考えている(グスタボ・グティエレス等).<復> これに対し,福音派の宣教学者たちも土着化からコンテキスチュアリゼーションへの移行の正当性を真剣に受け止め,WCC側から提起されたコンテキスチュアリゼーション概念を福音派サイドから再定義し始めたのである.ローザンヌ世界伝道会議(1974年)がその始まりで,バミューダ島における福音と文化に関する研究会議(1978年)で発展,開花が見られた.<復> 福音派の聖書解釈は従来,みことばを直接的に,歴史的コンテキストへの配慮なしに語る直感的アプローチ(→図1),または,正統的聖書解釈である歴史的文法的釈義による科学的アプローチ(→図2)であった.後者はそれでも解釈者の歴史的コンテキストに対する理解は不十分であった.コンテキスチュアリゼーションのアプローチは科学的アプローチに加え,今日の歴史的状況に十分配慮を加え,聖書本文で語られた使信と同等の効果をもって今日に語ろうとするものである(→図3).<復> このようにコンテキスチュアリゼーションに対する認識が高まったとはいえ,それでも多くの福音派の人々にとってはそれはみことばの不変の使信を異なった言語,文化に忠実に伝達することであると理解されてきた.こうした関心は聖書の使信の文化的条件付けと伝達者の自己理解,使信を受ける側の反応の問題に真剣に現れ,ここからいわゆる「ダイナミック等価」(dynamic equivalence)という用語が生れてきた.「ダイナミック等価」とは,聖書の本文が最初に向けて書かれた人々の反応と同等の反応を聖書の使信が受信者にもたらすことを意味する.<復> しかし,コンテキスチュアリゼーションの使命は単に聖書翻訳以上のものがあった.聖書釈義は歴史的文法的方法が基本となるが,コンテキスチュアリゼーションは聖書本文の忠実な釈義が人間の歴史的状況における諸問題と対話することによって初めて現実化するのである.この本文とコンテキストとの間を取り持つ解釈学的かぎとなるのが聖霊の働きである.<復> 聖書本文とコンテキストとの対話の中で,コンテキストの中から疑問が生じ聖書本文に解答を見出そうとして研究する.その一方で聖書本文は次に新しい問いかけをもってコンテキストに迫ってくる.こうして本文とコンテキストとの絶えざる問いかけにより問題意識が鮮明化し,実践が強化されてくる.この両者の中間にあるのが解釈者の世界観・人生観であり,神学である.対話のサイクルの中にあって神学的反省と実践によって,これらのものは聖書的なものに変革されていく(→図4).これをルネ・パディリアは「解釈学的螺旋」(hermeneutical spiral)と呼んだ.この場合,聖書本文は所与のものであり,神的権威を持ち,反面,コンテキストは常に変化し,相対的なものであるゆえに,対話の流れは常に本文からコンテキストに移動する.この点,WCC側の急進的解釈とは全く理解を異にする.<復> 真のコンテキスチュアリゼーションはシンクレティズム(宗教混合主義),異教的信仰,慣習を批判改革していく.聖書が絶対規範となっているからである.と同時に現状維持主義に対しても警戒する.コンテキスチュアリゼーションは明確な宣教的使命の上に立つからである.真の意志伝達者でありたもう聖霊がこの両極端の危険から私たちを守り,この使命を達成させて下さるであろう.<復> 3.日本における神学のコンテキスチュアリゼーション.<復> 日本には西洋神学では全く無視されていながら日本宣教上神学的に重要な課題が幾つもあった.日本人の神観念,世界観,生死観,祖先崇拝,仏教・神道・民俗信仰・新宗教のそれぞれにおける罪論・救済論・終末論,天皇制,国家神道とキリスト者,日本人の回心と背教,高齢化社会,社会的弱者に対する伝道と配慮,精神障害者,家庭崩壊,登校拒否と伝道,スラム伝道,地方伝道,外国人労働者伝道,等々.これらはすべてコンテキスチュアリゼーションの課題となるものである.最近のコンテキスチュアリゼーションの意識の高まりにより徐々にこれらの作業は着手され始めているが神学的作業と実践はこれからである.そして日本宣教に真に実効あるものを生み出していかなければならない.これが日本における神学のコンテキスチュアリゼーションを考える私たちの使命であろう.(→コラム「文化人類学」),→キリスト教と文化,福音と文化,宣教学.<復>〔参考文献〕宇田進編『ポスト・ローザンヌ』(共立モノグラフNo.2)共立基督教研究所,1987;Coote, R./Stott, J. R. W.(eds.), Down to Earth, Eerdmans, 1980 ; Nicholls, B. J., Contextualization : A Theology of Gospel and Culture, IVP, 1979 ; Davis, J. J., Foundation of Evangelical Theology, Baker.(山口勝政)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社