《じっくり解説》ベネディクトゥス,ベネディクトゥス会とは?

ベネディクトゥス,ベネディクトゥス会とは?

スポンサーリンク

ベネディクトゥス,ベネディクトゥス会…

1.生涯.<復> ヌルシアのベネディクトゥス([ラテン語]Benedictus, Nursia,[英語]Benedict, Norcia,[ドイツ語]Benedikt,[イタリア語]Benedetto,[フランス語]Be´ne´dict, Benoi^t)(480年頃—547/550年)は,ローマの北東,スポレトに近いヌルシアに生れた.その生涯に関する史料は,593年頃,教皇グレゴリウス1世(大グレゴリウス)(540年頃—604年)が著書『対話篇』第2巻に収録した伝聞記録だけである.(この伝聞の史実性を疑問視する学者もいる.聖書の奇蹟物語からの類比でその生涯を叙述する手法が,疑問視の一因である.けれども著者グレゴリウスがベネディクトゥスと時間的地理的に比較的近い場所にいること,ベネディクトゥスを個人的に知っていた多くの証人からの伝聞であることなどの理由から,注意深く用いるならば貴重な史料となろう).ヌルシアの名家に生れたベネディクトゥスは,人文学,哲学,法学を学ぶため,若くしてローマへ赴く.当時,ゲルマン人のオドアケル(Odoacer)によって西ローマ帝国は滅ぼされ,次いでイタリア全土は,古代行政組織は存続していたものの,東ゴート王国のテオドリクス(Theodoricus,471—526年在位)によって支配されていた.さらに,哲学研究への無関心や享楽的雰囲気がローマの学生気質を包んでいた.古都の退廃と淫蕩に衝撃を受け,ふさわしい学問的環境を求めるベネディクトゥスは,学業を捨てて隠修士となった.最初はローマの東方,約60キロのエンフィデ(Enfide)という小都市で,修徳を求める人々とともに住んだ.彼の名声が周囲に聞え始めるとひそかにそこを離れ,スビアコ湖付近,サクロ・スペコの洞窟で独住の修道生活を始めた.500年頃,20歳の頃である.彼が師と仰ぐロマーヌス(Romanus)という厳格な東方的隠修士が,時々,食物を届けに来た.こうして3年間,祈祷と瞑想のみに日々を過した.それは聖書と教父の書物に沈潜した年月でもあった.一時,ある修道院の院長を務めたが,規則厳守の方針が修道士たちの憤懣を買い,毒殺の危険が出てきたので,スビアコに帰った.当時の修道士の状況がうかがえる逸話である.やがて彼を慕う弟子たちが増え,彼の名声がローマにまで届いて,貴族たちが子弟の教育を依頼してきた.そこで彼は,東方的でアントーニオスをその始祖とする「隠修士」的独住生活方式を,同じく東方的ではあるが,パコーミオスの「共住士」的生活方式に切り替え,付近に12の小修道院を建て,12人の修道士を配して指導に当らせた.しかし529年頃,付近の聖職者の嫉妬と敵意を買い,この地を去ってローマの南東約130キロにあるモンテ・カッシーノ(Monte Cassino)に移り,山上に礼拝堂と修道院を建てた.<復> その頃,彼はすでに新しい修道院構想を完成していた.一人の修道院長のもとですべての修道士が単一の共住生活を営み,生涯,同一地に定住し,祈祷と瞑想と労働との完全な自立生活を目指す構想であった.退廃と淫蕩の都市を離れ,ひたすら完徳を目指す生活という点では東方修道制に深く根差す性格を持つが,荒地を開拓して新しい農村共同社会を形成する点では,新しい修道院構想であった.院長としての彼は独裁的権力者ではなく,周囲の助言によく耳を傾けた.修道士の個性を尊重してその長所を引き出すとともに,弱さや欠点をも温かく包んで真の霊性育成に努めた.彼の人格と行動とに,単純素朴な信仰と中庸,寛大,分別を重んじる生活態度が統合され,厳しさと優しさ,祈りと学びと労働への愛が調和の美を示した.弟子を指導して修道生活を守り,福音を宣べ伝えつつ農村を改革し,戦乱や飢餓に苦しむ人々を救済した.東ゴート王に感化を与えたという逸話は,彼の社会的影響力を示す.また『ベネディクトゥス会則』は,西方教会の全修道者のための,新しい修道会形成の記録であった.この生涯的著作を完成した後に同地で没し,妹スホラスティカ(Scholastica,480年頃—542年頃/547年頃)の傍らに葬られた.<復> 2.ベネディクトゥス会則(Regula Benedicti).<復> この会則は73章から成る小冊子で,修道運動の進展とともに書き留め,その晩年にまとめたものである.<復> (1) 特色.①聖書的基盤に立ち,教父の著作に多くを負う.主への従順と謙虚が修道の目的であり,そのために「己を捨て十字架を負う」生活が教えられている.決して禁欲そのものが目的ではない.②実践的で倫理的な性格を持つ.禁欲的な規則も,苛酷にならないように,過度の負担をかけないようにと深い配慮がなされている.例えば,不眠,断食,孤住,柱上生活などを禁欲という理由だけで尊重することはない.逆に,8時間の睡眠,着替えの衣服や外出着の準備,食事当番に手当としてのパンの増配,病者への配慮など,健全な修道生活の具体的内容が満ちる.③聖務の内容充実とともに思い切った簡素化が目立つ.④労働観に特色を持つ会則である.修道制の初期においては,労働や仕事は,それ自体は善ではなく,諸悪の根源である「無為」を克服するための苦行的手段とされた.ベネディクトゥス会則は,ヨーアンネース・クリュソストモスなど日常生活の聖化を強調する教父神学や共住修道制度の確立の影響を受け,従来の労働観を更新している.「祈れ,かつ働け」(Ore et labore)とのopus Dei(神のみわざ)の精神は,今日も継承されている.<復> (2) 会則の史料.聖書が中心であるが,カッシアーヌスとバシレイオスも重要史料である.またパコーミオス,エジプトの大マカリオスと東方教父の諸会則,アウグスティーヌスとアルルのカエサリウスの会則も参考とされた.またルフィーヌスの『修道士たちの歴史』や『修道制の師父たちの語録』ほか多くの教父著作,特に6世紀初頭,ローマの近くで書かれたと言う『師父の会則』(Regula Magistri)に多くを負うと言われる.ベネディクトゥスは,聖書と教父,修道制の指導者たちに依りつつ,スビアコとモンテ・カッシーノでの修道院形成の苦闘を通し,独自の会則を形成していったのである.<復> (3) 内容.全73章を飾る序文は,「わが子よ,師の掟を聞け.心の耳を傾けよ.愛すべき父の忠告を温かく受け入れ,それを実行に移せ.従順の実行により,不従順によって離れたお方のもとへ帰ることができるように」と語りかける.第1章は本会則が共住修道士のために書かれたことを明記し,2—3章は一般的組織につき,院内の統治や院長と会士の会議について,4—7章は修道生活の諸徳目と訓練の原則,特に従順,沈黙,謙虚による人格形成が取り上げられる.8—20章は典礼的聖務と祈りについて,21—22章は長老の修道士とその寝室,23—30章は痛悔規定について定める.31—41章は修道士の作業とその物的条件,42—53章は個々の場合に応じた規律遵守の方法,54—57章は31—41章の補足,58—62章は新加入者の受入れの原則と実際,63—65章は修道士の職能的,階層的構成と任務,66—67章は外部との関係の指針,68—71章は修道士の規律と薫陶の再説,72章は要約であり,73章は修道生活全般への『会則』の位置付けと到達目標を示す.<復> 3.ベネディクトゥス会.<復> 『ベネディクトゥス会則』に従う修道会及び修族(congregatio.同じ戒律を遵奉する独立した修道院の結合)を指す.この修道会は,4段階の発展を遂げてきた.<復> (1) ベネディクトゥスから大グレゴリウスまで.教皇グレゴリウス1世が著書によってベネディクトゥスを紹介し,修徳生活の原則を広めた.<復> (2) 6世紀からシトー会([英語]Cistersians)創立まで.アイルランド系修道院が普及していたので,当時,ベネディクトゥス会の浸透は遅かったが,カール1世(大帝)やルートヴィヒ1世(敬虔王)がカロリング帝国内の修道院に対し,勅令をもって『会則』の遵守を命じ,修道院体制の統一を図った.特にクリュニー修道院は,ベネディクトゥス派修道院として優れた指導者たちのもとに発展を続け,統一的な組織と修道慣習と典礼を確立した.<復> (3) シトー会創立からトリエント公会議まで.11世紀中期,シトー会のような新修道会が発展すると,ベネディクトゥス会は逆にそれらの組織や制度を導入した.しかし,13世紀以降は托鉢修道会や大学の興隆などで徐々に後退していく.15世紀以降,宗教改革やフランス革命などの余波を被るが,フランスのソレーム修族,バイエルンのボイロン修族,イタリアのスビアコ修族などが,学問,典礼,修道生活に新風を吹き込んだ.<復> (4) トリエント公会議から第2ヴァチカン公会議を通して.トリエント公会議は修道生活を規制する教令を発した.上長者の選挙,財産の管理,清貧と共同生活の規定などについての教令である.そして,修族や自立修道院の統合の機運が生じた.ベネディクトゥス会も,それまでローマの聖アンセルモ学院建設などで統一への動きを見せたが,連合体が1964年に発足した.傘下に18のベネディクトゥス会修族と,対応する女子修道会があり,独立した修道院とともに3百以上の修道院施設がある.→修道院制度.<復>〔参考文献〕今野国雄『西欧中世の社会と教会』岩波書店,1973;坂口昴吉「ベネディクトゥスの会則」『古代キリスト教の教育思想』上智大学中世思想研究所,1984;Spearritt, P., “Benedict,” The Study of Spirituality, SPCK, 1986.(岩本助成)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社