《じっくり解説》メソジスト主義とは?

メソジスト主義とは?

スポンサーリンク

メソジスト主義…

1.メソジストと呼ばれる人たちの信仰と生活のあり方を総括的に言うことばで,当初は,18世紀英国の福音的な覚醒を支持するすべての人たちに対して,あだ名として使われていたのが「メソジスト」という呼び名であったが,ウェスリ(ウェスレー)兄弟が指導者であった信仰者のグループのみに,限定的に使用される呼称となり,さらにメソジスト教会・教派の奉ずる信仰主張と生き方の呼称となったのが,メソジスト主義である.<復> 2.英国で1932年に再合同したメソジスト教会の議定書によれば,その内容は,信仰と実践の最高の規準である聖書に記された神の啓示に基づく福音的な信仰であって,ウェスリの『新約聖書注解』と『標準説教』の中に収められている事柄となっている.<復> 3.神学や教理の面から見れば,メソジストの運動が,宣教活動とのかかわりで始まっているので,その中心は救拯論であるが,歴史的な新教正統主義の主流と軌を一にして,人間の責任や神の他の属性を無視しない神の絶対主権,アリウス主義やソッツィーニ主義と対決したものとしてのキリストの神性,人間がそれを受納するか否かにかかわらず,権威ある福音の中心主張である贖罪という神のみわざ,新生によってもたらされる変貌に導く信仰義認,救拯の内的確信と心と生活の聖化をもたらす聖霊の働き,キリスト再臨を中心とする終末論,などが含まれている.メソジスト主義を「聖霊の熱と力を伴ったアルミニウス主義」と称する者もあるが,ウェスリの時代の英国におけるアルミニウス主義やペラギウス主義とは全く相いれるものではなかった.カルヴァン主義の予定説について,見解を異にしてウェスリと活動を別にしていったホウィットフィールドとの問題に関して,ウェスリと見解を同じくしたジョン・フレッチャーのいわゆる「チェックス」と言われる五つの論文を見ると,メソジストとカルヴァン主義との争点は,絶対主権者なる神の「選び」が,人間の側における道徳的無責任に道を開くことになることへの警戒であって,人間の救拯において,神がそれを開始し,それを支配されることにまで疑義をはさむことはしていない.このような神の主権の主張に事寄せて,無責任な信仰生活に走る者たちについて,メソジストがよく用いた呼称が,アンティノミアンであった.また救拯における人間の側の責任を主張すると言って,人間の全的堕落を認めぬと誤解して,メソジストを半ペラギウス主義と類別する人もあったが,人間の堕落性は,メソジスト主義とカルヴァン主義の分岐点とはならない.メソジストも,人が罪から救われるのは,全く神の恩恵と信仰によると言うのである.ウェスリは生涯の終りまで,英国国教会の教職であり続け,メソジストの働きは,国教会内の信仰覚醒運動であり,恐らく彼の死後もそうであり続けることを期待していたが,米国が独立し(1776年),英国のメソジスト運動と米国のそれとが別行動をとらざるを得なくなった経緯で,米国のメソジストからの要請で,「メソジスト25教条」が成文化された.それは明らかに英国国教会の「39箇条(聖公会大綱)」を基礎にして,メソジストの信仰主張と内容を文章化したものである.<復> 4.その「メソジスト25教条」にも項目としては挙げられていないが,メソジスト主義を考える時,その中心として認めなければならないものが,「キリスト者の完全」の教理であり,聖潔(ホーリネス),聖化,きよめ,その他の表現も用いて伝えられているものである.ウェスリは,その晩年に,「神は聖書的な聖潔を主として拡めるために,メソジストと呼ばれる群を起こされたと思う」と言った.この題目で正しく確認すべきことが,少なくとも3点ある.第1は「完全」という語に冠された「キリスト者の」という修飾語であって,「完全」に関するメソジストに対する批判や攻撃の多くは,この修飾語による限定を無視したものである.それは,神の完全,天使の完全,堕罪以前のアダムの完全,旧約聖書で完全と言われた人の完全でもなく,来世の復活後の人間の完全でもない.現世のキリスト者に,聖書の中で神に要請され,備えられている完全のことであって,要約すれば,すべての罪からきよめられ,神によって愛に全うされること以外の何ものでもない.「キリスト者の完全」に関して確認しておかねばならない第2の点は,その経験的な把握には,瞬時性と,継続的な生涯を通しての漸進性の二面があることである.それを「聖化」という面から言うならば,ある意味で,どこかの一瞬で「聖化された」と言える面と,いつまでも「聖化され続ける」と言うべき面があるのであって,それは「新生によって始まり,肉体の死と新生の間のどこかで瞬時的に経験されるべきものであるが,その経験の前にも後にも,漸進的な成長や進歩のあるもの」なのである.一般に「きよめ派」と自称する者の中でも,この点が未整理である者が少なくない.そのための極端な言行や熱狂への脱線もあるし,不安定な信仰生活も見られる.第3の点は,異言とか,特殊な体験や現象を,聖化とか完全の証拠とする者がいることであるが,これはメソジストと主張する者のしるしではない.初期のメソジストたちの伝道においては,聴衆たちの中に様々な興奮現象が生じたこともあった.しかし,ウェスリたちはそのようなことを賞揚せず,むしろ警戒し,愛に全うされ,すべての罪から救われ,キリスト・イエスの心を心とし,神の似像に回復されることと,倫理性の改変と向上を最大の関心事としたのである.「人は信仰によって罪ゆるされ義とされたのちに,聖霊により,同じく信仰によって第2次的恩寵の経験にあずかり,その心の汚れを浄化され,また愛に全うされてまじりなく神を愛し,人を愛するようにされる.…言いかえれば,人は地上において,キリストの贖罪により,信仰によって『神の不断の意識』(神の愛と支配)の中に生き,自ら律せられるに至るのであって,これを〔ウェスレーは〕クリスチャンが地上において達することができる質的な『完全』状態であると宣証した(これは成長増進の究極を意味する完全ではない)」.<復> 5.初めはあだ名であった「メソジスト」を自分たちの群れの名前に取り上げたウェスリは,簡潔に,「メソジストとは,聖書に言われている方法(メソッド,Method)に従って生きる人」と定義した.人が健康を保持するために不可欠な方法があるように,神は人間の救拯と幸福のために,必須な方法を示しておられるのであって,これを大切に重んじて生きることがメソジスト主義の中心であった.それゆえ,メソジスト運動の実践において,厳しく指導されたのが「恩寵の手段」(Means of Grace)であって,祈ること,聖書を学ぶこと,聖礼典を守ること,集会に励むことなど,神による救いを自らのものとし,その中に成長するために,神が聖書の中に備えておられる「手段」を活用することなのである.メソジストは,この主張が「行為による救い」と誤解されないように,注意と努力を惜しまなかった.これは救いの「条件」(Condition)ではなく「手段」(Means)であるということが正しく理解されないことが少なくない.聖書もその中に示されている「手段」も,すべて神の恵みの賜物であり,それを受け止めて活用する信仰も能力も神の恵みの賜物であるが,人はその「手段」を恵みによって活用することなしに,救いも恵みも自らのものとすることはできないのである.しかし,メソジストは,その教条にもあるように,聖書の「中に記されざること,又はそれによって立証されざることは,信仰の箇條として,又は救拯に不可欠なる必要事として,何人にも要請せらるべくも非ず」であることを承知している.<復> 6.メソジストはその活動を伝道に集中したが,それとともに,社会に対する関心と活動をもないがしろにはしてこなかった.ブレディーがその著『この自由は何処より』に論じているように,米国など近代民主国家や社会が,当然のこととして享受している多くの社会的恩沢はみな,その根をメソジスト主義に有しているとも言えよう.日曜学校運動の発端,教育の普遍平等の権利,婦女子や子供の福祉と保護,奴隷制度の廃止,貧しい者や病者への関心,刑務所の浄化,低階級庶民の互助活動等々,メソジストの活動の対象とならなかった社会問題はなく,現代の救世軍もその子孫である.時代を同じくして対岸のフランスに見られた流血革命に比べるように,メソジスト主義は英国を初めとして,その宣教と活動の拡大につれて,その行く所,無血革命を及ぼしてきた.近代教会の社会的責任を考究する者が,メソジストの歴史と実績に新しく関心を示すのには理由がある.<復> 7.ウェスリの説教の一つ,「カトリック・スピリット」は,近代のメソジストのエキュメニカル活動や運動への参画にも反映されているが,神に対する人間の責任を重視するためか,自由主義にその神学が影響されると,急速に保守的な福音主義から逸脱する者も多くあったことは否めない.しかし,昨今,アウトラー,ネルスン,マイケルスン,クシュマン,ベイカーなどを中心にして,北米にネオ・メソジスト主義が台頭して世界に新しい影響を与えている.<復> 8.数千にも及ぶチャールズ・ウェスリの賛美歌や詩も,メソジスト主義の信仰と経験の内容を伝え,メソジスト以外の教会をも含めて,キリスト教会の遺産として広く用いられている.→ウェスレー主義,J・ウェスリ,C・ウェスリ,聖化運動,きよめ,ホーリネス.(蔦田眞實)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社