《じっくり解説》教会学校とは?

教会学校とは?

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教会学校…

1.教会学校とは何か.<復> [英語]Church Schoolは,もともと日本のミッション・スクールのような,教会設立で普通教育を施す学校を意味した.英国ではいわゆる慈善学校の意味で使われていたようである.ところが一方,近年になって,日曜学校(Sunday School)活動が盛んになり再認識された結果,日曜学校が拡張された意味合いで教会学校と呼ばれるようになった.日本では,1917(大正6)年にW・S・アサーン著のThe Church Schoolが紹介されたのが最初であったとされている.しかし,日本の教会が「日曜学校」に代えて「教会学校」という名称を持つ新しい意味と内容を採用するに至ったのは「第2次大戦以後のことである.その理由は,戦後の新しい時代を迎えて,公同教会のわざとしてのキリスト教教育の反省と自覚が世界的に深まり,教会教育の再編成が考えられるようになり,日本でも『日曜学校』が教会のわざとして位置づけられるようになってきたからである」(『キリスト教教育辞典』p.170,日本基督教団出版局).アメリカの教会では,キリスト教教育の発展に伴い,教会の教育的使命が強く訴えられるようになり,それまで信徒の有志によって支えられてきた日曜学校から,もっと包括的な,教会の責任による教会員すべての教育が目指されて,教会学校という呼び方が定着してきたのである.それゆえ,教会学校の使命はキリストのからだである教会に与えられている基本的使命(目的)と関連しており,教会の教育的使命と一致していなければならない.それゆえ,これらについての理解が必要とされる.つまり,教会学校は教会教育の一分野であるので,教会の監督のもとに組織され,その指示に従い,教会員によって教育が行われるとともに,礼拝が持たれ,メッセージが語られ,牧会がなされるという教会としての機能を持っており(教会性),胎児から老人に至る全年齢層を対象とし,一貫したプログラムのもと,学校形態を持っているので,カリキュラムに従って分級による教育が行われる(学校性).この教会性と学校性の二面を持つのが教会学校である.そしてこの教会学校には,日曜学校,週日学校,休暇中の聖書学校(例えば夏期学校)等が含まれる.<復> 2.教会学校の起源.<復> 教会学校の前身である日曜学校は,主として英国とアメリカにおいて始まった.英国においては,ロバート・レイクスのもとで貧しい子供たちへの公教育の代替物となったのである.レイクスは,日曜日に少年少女たちを街角から呼び集め,彼らに読み書きを教えることを目的として教師を募った.このようにして日曜学校は教会の外で始まったのであるが,ジョン・ウェスリやその他の人々の指導によって,日曜学校はすぐにキリスト教教育のための主要な教会の腕となっていった.この日曜学校は18世紀のアメリカその他の国でも大成功を収め,さらに19世紀を通じて日曜学校は,統一的な聖書教案のための共同研究を通じて多くの教派を結び付ける力となっていった.20世紀初頭の1910年から30年頃にかけての全盛期が過ぎると,日曜学校の影響は徐々に衰え始めてきた.今日アメリカにおいても日本においても生徒数は減少傾向にある.しかし,多くの限界や困難の外的・内的要因にもかかわらず,教会学校は依然として教会教育のための最も有効な機関の一つであることには変りはないのである.<復> 3.教会学校の重要性.<復> (1) 教会学校はキリストの宣教命令を実行する働きである.マタイ28:18‐20には,あらゆる人々をキリストの弟子とすること,その人々を教えること,整えて遣わすことが語られている.この三つを忠実に実行する働きが教会学校である.<復> (2) 教会学校は聖書を体系的に教える働きである(使徒20:24,Ⅱテモテ3:14‐17).人の全生涯にわたって長期的で継続した教育計画を持ち,聖書全巻の教えが実施される.<復> (3) 教会学校は成熟した信徒を育成する働きである(エペソ4:12‐15,コロサイ1:28).生活のすべての面でキリストがその中心を占め,キリストによって導かれ,支配されるように,また,すべての領域—個人生活,家庭生活,学校生活,職場での生活,社会生活を含む—において聖霊が浸透し,感化を与えて下さるように教え,指導するのである.<復> (4) キリスト教入信という実際的観点から.1982年に持たれた第2回日本伝道会議の「教会形成調査レポート」によると,入信に大きな影響を与えたものは,教会学校58%,バイブル・クラス25.6%,幼児教育・保育10%,ミッション・スクール9.7%で,入信年齢では,15—16歳10%,17—21歳51%,21—22歳9%であった.英国やアメリカの場合は,75%から80%の人が0—15歳(12歳がトップ)までに入信の決断をしているという統計がある.これらを見ると,教会形成の上でいかに教会学校が貢献しているかがわかる.<復> 4.教会学校の原理.<復> 蔦田二雄は,1970年の教会学校夏期講習会において,次のように述べている.<復> 「CSの活動を構成し,その目的を果たすために考慮されるべき要因と法則を『CSの原理』と理解して,以下の4項目にまとめて提示する.<復> (1) 人材の問題(Man).これは他の汎ゆる伝道部門におけると同じく,第一義的,根幹的問題で,ここに正確を欠くとき,他は全面的に支障を蒙る.<復> a.恵みの経験がなければならぬ.救われたという自覚のない人にはCSの教師はできない.<復> b.聖書の真理の理解と知識がなければならない.「健全な教理」を保持していることが大切である.これは教師や伝道者の生命線である.また聖書全体の健全な理解が要求される.<復> c.教示能力.他人を教え導く能力,賜物がなければならない.<復> d.忠実(誠実)な性情が必要である.これはa.,b.,c.の全体を活かす基本的なことである.移り気の人,不正直な人,不真実な者はこの御用のために抜擢されるに適わしくない.<復> (2) 伝達する内容・資料(Material).(a)聖書を,(b)聖書の真理を,(c)イエス・キリストを(キリストは真理の実体である)伝えねばならないということ.いつもキリストに到達するようなメッセージを語ることが大切である.更に言うならば,聖書を「知識」としてのみならず,「経験」的なこととして伝えるのである.経験的事実となるならば,そこにそれに適わしい品性が生じ,生活(生涯)の事実となってくる.<復> (3) 方法・様式の問題(Method, Manner).<復> a.忠実(誠実,真実)を.「忠実」といっている時にPunctualなこと(奉仕の正確さ.時間その他,教導全般にフケサメがなく,断絶もないこと)に現われる忠実さである.同時に,「忠実さ」の一面は「真実」である.これは内的な心の問題である.Sincerity—真摯,正直,本気—がそれである.<復> b.「正しい」解説と指導を与えること.「区分」と「全体」との相互の脈絡をとり,究極的実体たるイエス・キリストに届くようになされねばならない.勿論,祈り深い平素の生活が背後にあり,その都度,祈り心をもって聖書の真理が伝えられねばならない.<復> (4) 動機(Motive)の問題.「愛」でなければならない.使徒20:18‐32.この「愛」の四重性は,(a)神に対して,(b)子供らに対して(その霊魂に対する愛),(c)聖書の真理に対して,(d)自らの仕事(CS)に関してである.これらは勿論,聖霊にまたねば我らには持ち合せはない」(『CS講習記録』第1集,pp.11‐2,イムマヌエル綜合伝道団教会学校部).これらの調和ある成長が実際的課題である.(教会学校のカリキュラム,教授法,学習課題,分級,礼拝,祈り,賛美,年間計画,教師会,牧会等については,参考文献を参照のこと).→教会教育,教育問題.<復>〔参考文献〕「教会教育」第1—68号,教会教育推進会;稲尾三活『成長する教会学校教師』ニューライフ出版社,1981;L・E・ルバー『教会の教育計画と実践』いのちのことば社,1976.(田中敬康)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社