《じっくり解説》障害者問題とは?

障害者問題とは?

障害者問題…

聖書の中の障害者について論じられるようになったのは,最近のことである.特に1981年,国連の国際障害者年が始まったことをきっかけとしている.一口に障害者といっても,その障害の状態によって幾つかに分類して考えなければならない.大きく,身体障害と精神障害とに分けることができる.また身体障害は視覚障害,聴覚障害といった感覚器官の障害と,肢体不自由という運動機能の障害,内部器官の故障による内部障害などがある.精神障害には,病気である場合と先天的である場合と,老齢化による場合などが考えられる.またその発生の原因から,先天的な障害,出産の時の事故,病気や事故によるもの,そして老齢化によるものが考えられる.その中でも慢性的な飢餓状態による精神障害,内部障害などと,環境汚染・薬害や放射能の被曝などによる障害と,それらが原因と考えられている先天障害や,戦乱による負傷が原因となる身体障害,戦乱の中での異常な緊張状態からくる精神障害などは,深刻な社会問題として考え,解決への取組みがなされなければならない.<復> 1.聖書のメッセージ.<復> 聖書の中では,障害者に対して,何らかの積極的な治療や,対策,リハビリテーションのようなものは提言されていない.聖書では大きく分けて次の三つのことに言及されている.(1)障害者に対しては特別に愛をもって接すべきこと(レビ19:14,申命27:18).(2)終末における障害の完全ないやし(イザヤ29:18,35:5,6,42:7,16,19).(3)キリストと使徒たちによるいやしの事実(各福音書と使徒の働き).聖書は罪の贖いの完成を語っていると同じように,障害者の障害そのものがいやされることを語っており,それゆえに,今のこの罪の世界では,障害者を愛をもって受け入れなければならないと言っているのである.障害者問題を考える場合に大切なことは,障害のある人々をこの社会の交わりの中に受け入れることである.この点に関して国連の国際障害者年行動計画の中には次のように述べられている.「障害という問題をある個人とその環境との関係としてとらえることがずっとより建設的な解決の方法であるということは,最近ますます明確になりつつある.…社会は,今なお身体的・精神的能力を完全に備えた人々のみの要求を満たすことを概して行なっている.社会は,全ての人々のニーズを適切に,最善に対応するためには今なお学ばねばならないのである.…これは単に障害者のみならず,社会全体にとっても利益となるものである.ある社会がその構成員の幾らかの人々を締め出すような場合,それは弱くもろい社会なのである」(『障害者の人権と生活保障』有斐閣,1981).<復> 2.障害者問題は人間関係の問題.<復> 私たちが生活するこの世界は,確かに障害のない者が生活しやすいような仕組みになっている.しかしこの世界は,最初から障害者が生活に困難を覚えるように造られたわけでは決してなかった.障害者を受け入れることを可能とする人間関係もあったと考えられる.ところが最初の人が罪を犯し堕落した結果,環境が変化し(創世3:17‐19),特に人間関係が変化した(3:16)ために,障害者の生活は困難なものになってしまった.この社会は神の創造の御手から離れて,健常者(障害者に対して障害のない者)や強い者の手によって動かされている.しかもその健常者や強い者は,障害者や弱い者に対しては概して無関心である.この無関心は,どのように障害者と接したらよいかわからないということから,具体的に手を出すことをしないというものである.またこの無関心は,実際に障害者と実生活の中で接触が生じた時に,単なる無関心ではなく障害者を排除する方向に働くことがある.これは例えば精神遅滞者のための作業所や救護の施設を作ろうとする場合に,激しい反対運動などによって表面化する.このように,障害者問題は人間関係の問題であると言うことができる.教会もこの問題については,決して無関心であってはならない.みことばが啓示するように,愛をもって人間関係を築き上げることが,障害者問題を考える場合の土台であることを忘れてはならない.<復> 3.具体的な取組み方への提案.<復> 国際障害者年行動計画の62項は,障害者の概念を次のように説明している.「障害ということばで表わされる意味・内容には,impairment(心身の形態的機能障害)と,disability(活動能力の制限)とhandicap(社会的日常的生活上の不利)の区別があるという認識を促進すべきである」.第1の「障害」は医学的な問題である.その人がどのような障害を,なぜ負っているのかを理解するために,この医学的な知識は必要不可欠である.第2の「制限」はリハビリテーションの課題として考えられる.リハビリテーションの課題は,この「制限」の結果,第3の「不利」を生み出さないようにすること,言い換えれば機能・形態「障害」が生み出す「制限」を少しでも軽減し,「不利」をできるだけ取り除く方向への努力であると言える.教会が障害者と接する場合にも,このことは重要な理解ではないかと思われる.単なる同情心からの取組み方を超えて,彼らの障害をよく理解し,彼らがどのような制限の中にあるのかを知り,共にその制限の中で行動し,不利を共に負い,解決への援助を惜しまないという努力が必要である.このためには第一に,障害者をよく理解することから始めなければならない.教会は,積極的に障害者との交わりを持つことによって,キリスト者としての取組み方を学ぶべきである.<復> (1) 視力障害者の場合には,歩行の場合の手引きが大切であり,また教会では点字の聖書や賛美歌をそろえて便宜を図ることも大切である.視力障害者は,普通に社会人として生活している場合もあるが,救護施設のようなところで生活していることが多い.それなりの配慮をすれば,どの教会でも健常者とともに礼拝を守ることができ,視力障害者自身もよい奉仕をすることができる.<復> (2) 聴覚障害者の場合には,手話通訳などの方法で交わりを持つことが第一に重要である.ことばによるコミュニケーションに困難があるので,健聴者には障害者の言うことをよく聞くことが大切になる.聴覚障害者の場合,健聴者と一緒に礼拝を守っていることもあるが,多くは聴覚障害者たちの礼拝を持っている.<復> (3) 肢体不自由者の場合には,車椅子等の補助具が必要なので,建物の構造を変える等の配慮をしなければならない.肢体不自由者にはその原因によって様々な症状があるので,障害者をよく知ることによって最善の対処をするようにしなければならない.中でも脳性麻痺者が多く,言語障害を伴うことが多いので,十分な配慮を必要とする.<復> (4) 精神障害者は,その症状によって多様性があり,できるだけ専門医と相談しながら霊的指導をすることが大切である.彼らの場合は社会的にも孤立しやすいので,そのための配慮が必要である.<復> 医療技術の進歩によって,幼時における病気の結果,重大な障害を負うことは防ぐことができるようになったが,一方,先天障害や出産時の事故による障害などは漸増の傾向にある.また様々な事故や社会問題から,障害者が増える傾向にある.さらに老人人口の増加から,老齢化による重複障害なども増加している.このようなことから障害者問題はこれからの大きな社会問題であると言える.政治レベルでの社会保障にも限界があり,本当の意味での人間の問題についてのメッセージを持つキリスト教会は,これらの問題に真剣に取り組む方法を考えていかなければならない.→ボランティア活動,病気.<復>〔参考文献〕荒井隆志「障害者問題についての神学の試み」(「びぶりか」1—14号所収)聖書同盟,1982—86;『障害者の人権と生活保障』(ジュリスト総合特集24)有斐閣,1981;木田盈四郎『先天異常の医学』中央公論社,1982.(荒井隆志)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社