《じっくり解説》キリストの職務とは?

キリストの職務とは?

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キリストの職務…

仲保者キリストを預言者,祭司,王の三職を担う方と見る見方は,エウセビオス(カイザリアの主教)にまでさかのぼれるが,宗教改革期までは,むしろ,キリストの職務を王職と祭司職の二職から成るものと理解し,預言者職は祭司職に含まれる形で取り扱うのが趨勢であった.キリストの三職に関する教義学における組織的な取り扱いは,カルヴァンによるものが最初である.<復> この三職の区別は,一つの統一ある仲保者職を,その特徴ある三側面より理解することにより生じたものである.仲保者キリストの職務は,堕落の結果としての罪と悲惨との中に置かれた人類の現状に対応するものである.知識と聖と義において神のかたちに従って創造された人間は,堕落により,無知となり,咎ある者,本性の腐敗した者となり,悲惨,死,滅びに服する者となった.この状態より救い出すために,キリストは預言者として「教え」,祭司として「聖め」,王として「治め」られるのである.<復> このキリストの職務を理解することは,そのために油注がれたキリスト御自身を理解することと切り離せない重要な事柄である.つまり,神であり人である方でなければ担えない職務としての仲保者職の理解は,「二性一人格」のキリストの理解と相互にかかわるものである.<復> 1.キリストの職務の性格.<復> 仲保者としてのキリストは,預言者,祭司,王の三重の職務を,謙卑(十字架の死に至る地上の生涯)と高挙(復活と天における栄光の状態)の二状態(参照ピリピ2:6‐11)において担われる.それは,(1)キリストを認証し派遣された父なる神の召しに基づくものであり(ヨハネ3:17,5:36,37,6:27,8:42,ヘブル5:4,5),かつ,(2)キリストが自発的にこの職務を担われるのである(ヨハネ10:18,ヘブル10:5‐9).(3)キリストは,その完全な人間性のゆえに,いかなる者にもまさって聖霊を無限に与えられることにより,またすべての権威と力を与えられて,この職務にふさわしい者とされている(詩篇45:7,ヨハネ3:34,使徒10:38).(4)三職の期間は,受肉に始まり,永遠に至る(ヘブル7:24,黙示録11:15).聖霊による油注ぎはいわゆる公生涯への備えではあるが,公生涯のみをキリストの職務期間としてはならないし,受肉に始まる幼年期から公生涯までをこの職務への準備期間と考えてはならない.例えば,信じる者に転嫁される「キリストの義」は,律法の下に女より生れた人間としてのキリストが,生涯にわたる父への従順をもって勝ち取られたものである.(5)その職務の効力は,旧約と新約の全時代の選びの民に及ぶものである.つまり,キリストの贖いのみわざは,恵みの契約に基づいて旧約時代の選ばれた民にも及ぶものであり,この効果と祝福とは,すべての時代の選民に,約束・予型・犠牲によって伝達されていたのである(参照ヘブル4:8‐11,11:40).<復> 2.三職の内容.<復> (1) 預言者職.終りの時の預言者であるキリストは(ヘブル1:1,2),「父のふところにおられるひとり子の神」(ヨハネ1:18)として,父から聞かれたことをそのまま世に語ることにより(ヨハネ14:24),この職務を果される.その内容は,教会の建徳と救いについての余す所のない御旨である(ヨハネ20:31,使徒20:32).それゆえ,その権威にふさわしく聞き従うことが勧められている(ヘブル2:2‐4,12:25).現在,キリストはみことばと真理の御霊(ヨハネ15:26)とにより,この職務を続けておられる.なお,旧約時代には,御自分の霊により(Ⅰペテロ1:11)この務めを果された.この職務は,教会にとっては,「信仰と知識との一致」を得て完全に大人になり,キリストの満ち満ちた身丈にまで達する成長のためになされるものである(エペソ4:11‐13).<復> (2) 祭司職.神に召されてメルキゼデクの位に等しい永遠の祭司とされたキリストは(ヘブル5:4‐6,7:24),お受けになった多くの苦しみによって従順を学び,完全な者とされ,とこしえの救いを与える者となられた(ヘブル5:8,9).罪のために一度限りささげられた完全な永遠のいけにえは,「聖なるものとされる人々」を永遠に全うするものである(ヘブル9:26,10:1‐14,ローマ3:25,26,エペソ5:2).また,祭司としてのキリストは,すべての点で,私たちと同じように,試みに遭われた方として(ヘブル4:15),私たちの弱さに同情でき,折にかなった助けを与えて下さるだけでなく,絶えず御自分の民のためにとりなしをし,弁護して下さる方である(ローマ8:34,ヘブル7:25,9:24,Ⅰヨハネ2:1).この職務は,御自分の民をきよめて,生ける神に仕える者とするためのものである(ヘブル9:14,10:22‐25).<復> (3) 王職.王としてのキリストは,「天においても,地においても,いっさいの権威」を与えられた方として(マタイ28:18,エペソ1:21,22),教会とこの世界とを治めておられる.それは,御自身の栄光のからだとしての教会を建て上げるためである.そのためにキリストは,この世から一つの民を御自分のもとに召し(ヨハネ10:16),救いの恵みを授け(ヨハネ10:28),これを試練,苦難の時に守り支え(ヨハネ6:39,黙示録3:10),その歩みにおいて励まし,報い,矯正し,キリストのからだとして建て上げられる.また,その全知全能をもって,御自身の栄光とその民の益のために,すべてを統御される(ローマ8:28,14:10,11).その敵に対しては,これを抑制し,ついにはすべての敵をその足の下に従えられる.その後,すべてを父なる神に返される(Ⅰコリント15:24‐28).王として,キリストは,すべての国の民と御使いを最後の審判においてさばかれる(ヨハネ5:22,黙示録11:17,18).キリストの王国は霊的なものではあるが(ローマ14:17),王としての支配は,教会に限定されるものと考えてはならない.また,キリストの王職を,全く,あるいは主として終末におけるものと見なすことも誤りである.<復> 3.教会の務めとキリストの職務.<復> 教会のかしらなるキリストの預言者職は,教会がキリストにある完全な成人となるためのものであり,母なる教会が教える務めとしてこの使命を担う.祭司職の聖めるわざは,贖われたキリストのからだとしての教会が,キリストの花嫁として聖化されていくことにおいて実現する.王職は,キリストの王国としての教会が建て上げられるため,手段としてのみことばと聖霊の働きに加えて,地上の教会の制度(マタイ18:17,18)が用いられて達成される.<復> キリストの三職は,聖書の神のことばとしての権威と無謬性,キリストの代償的贖罪の教理,キリストの摂理のわざ・主権・支配・審判とかかわりを持つ重要なものである.そこで,キリストの三職の調和ある理解が必要とされる.リベラル派神学に見る教師なるキリストという形での預言者職のみの強調は,仲保者職の一面的理解でしかなく,王であり祭司であるキリストのみわざを犠牲にするものであり,救い主の尊い職務の完全性をはなはだしく損なうものである.→キリスト論,キリストの称号,仲介者,預言・預言者,祭司・大祭司,王,救い主.<復>〔参考文献〕ヨハネス・G・ヴォス『ウェストミンスター大教理問答書講解』聖恵授産所出版部,1969;J・カルヴァン『キリスト教綱要』2,新教出版社,1962 ; Jansen, J. F., Calvin’s Doctrine of the Work of Christ, James Clarke & Co. Ltd., 1956 ; Berkhof, L., Systematic Theology, The Banner of Truth Trust, 1949.(柴田敏彦)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社