《じっくり解説》バプテストの信仰告白とは?

バプテストの信仰告白とは?

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バプテストの信仰告白…

バプテストは驚くべき一貫性をもって,聖書こそが信仰と生活の十分でただ一つの基準であるという立場を堅く守り続けてきた,本質的には「非信条的な人々」であると言える.しかし資料集からわかるように,信仰告白については多産である.それは彼らの存在にとって,信仰告白が重要な意味を持っていたからである.彼らが重大な岐路に立つ時,しばしば,自分たちの信仰の内容を要約した信仰告白を起草し,公表した.こうした文書は大部分,バプテストに対する中傷的非難を論破したり,誤解を解くなどの目的を持っていた.それらはいわゆる「信条」としての地位や権威を持つものではなく,それぞれが必要に応じて自由に採択され,事が終れば特には顧みられなくなる.それゆえ,バプテスト史の資料としてその信仰告白を研究する第一義的な意味は,彼らの特徴のある信仰と教会政治の実態とをそこにたどることができるということである.<復> 1.どれをバプテストの信仰告白と言うか.<復> これはバプテストの起源論と関連して難しい問題である.バプテスト史家H・C・ヴェダーはバプテストの起源について,「大陸のアナバプテスト集団のあるものは,今日のバプテスト信仰にとって根本的なものとされる聖書の教えと理解とを持っていたが,バプテストの歴史が文献資料によって確実な根拠を持つに至ったのは17世紀の最初の10年間で,それ以降はバプテストはとぎれなく続いている.そして遅くても1641年頃以後は,バプテストの教理と慣例とは本質的特徴において現代と同じ」であると言う.W・L・ランプキンは,16世紀のプロテスタント宗教改革の急進派と関連してヨーロッパに現れたバプテスト運動にまでさかのぼり,その『バプテスト信仰告白集』には,先駆者たちの信仰告白としてアナバプテストのもの,そしてイギリスの分離派バプテストの先祖のものとして「真実の信仰告白」(1596年)までも取り上げている.厳密な起源の問題は別として,バプテストの教理と実践との歴史に関心を持つ「バプテストの信仰告白」研究においては穏当なところである.<復> 2.その神学的潮流.<復> バプテストの活躍した土壌であるイギリス,アメリカ,そして日本を含めて諸国の信仰告白の本文とその解説については末尾の参考文献に譲るが,ここで注目したいのは,バプテストの信仰告白史における神学的二大潮流についてである.「バプテストにはジェネラルとパティキュラーという,贖罪の対象をめぐって異なった神学的見解をもつ二つの流れがある.…この二つの流れが歴史的に発展していくうちに,イギリスにおいても,アメリカにおいても,パティキュラー・バプテストの流れが,主流となって現在に至っている」と斎藤剛毅は指摘する.<復> 特定(救済主義)バプテスト,すなわちパティキュラー・バプテストの線に沿って信仰告白史の流れを見ると,イギリスの「第1ロンドン信仰告白」(1644年)→「第2ロンドン信仰告白」(1677年)→アメリカの「フィラデルフィア信仰告白」(1742年)→「ニューハンプシャー信仰宣言」(1833年)というようになる.最後の二つはアメリカでは広く一般に受け入れられ,わが国のバプテストにも少なからず影響を及ぼしている.「第1ロンドン信仰告白」は,ロンドンを中心とする七つの教会の代表者たちが,アナバプテストやペラギウス主義と自分たちとの立場上の相違を明らかにするために発表したもので,後世のバプテストに大きな方向付けを与えた重要な信仰告白である.「第2ロンドン信仰告白」は,非国教徒に対する迫害に対抗するために共同戦線を張った長老派,会衆派(組合派),及びバプテストの,教派を超えた一致点を見出そうとする努力の結果生れた.他の教派との共通性の確認の基盤として「ウェストミンスター信仰告白」(1646年)を土台とし,バプテストの立場からの加筆と修正を加えたもので,その部分の検討はバプテストの特徴を知る上で貴重な資料を提供する.「フィラデルフィア信仰告白」は,アメリカにおける最初のバプテスト地方連合が自分たちに伝道したB・キーチを介して,第2ロンドン信仰告白に2項目を追加して採択したものである.最後の「ニューハンプシャー信仰宣言」は,フィラデルフィア信仰告白のカルヴァン主義を穏健化したもので,前者が体系的・網羅的で分量も多いのに対し18項と短く,宣言的な特徴を持つ.現在のバプテストの信仰告白の趨勢(すうせい)としては,この「ニューハンプシャー」型が多いと言えよう.<復> 一方,普遍(救済主義)バプテストすなわちジェネラル・バプテストの信仰告白にも,バプテストの最初の信仰告白として有名なヘルウィスたちの「オランダのアムステルダムに居留するイギリス人の信仰宣言」(1611年)を初め,重要なものが多くある.<復> 3.バプテストの信仰告白の特徴.<復> (1) ミヒャエル・ザットラーが執筆したという,南ドイツ系のアナバプテストの代表的文献である「神の子らの兄弟の一致」(シュライトハイム信仰告白)(1527年)は,中でも最も傑出したものとされるが,この文書の場合,彼らが緊急と考えた七つの項目を挙げただけであって,いわゆる伝統的な意味における「信条」ではない.一種のマニフェスト(宣言文)である.「第2ロンドン信仰告白」型のものは,起源から言って当然ではあろうが,むしろ特殊なものであり,バプテストの信仰告白にはこのマニフェスト的な性格が,多かれ少なかれ一貫して見られる.<復> (2) バプテストは教会を,厳密な意味で信じる者の集りだと考える.彼らが自覚的・主体的に信仰を告白するという点に信仰告白の位置を見ることができるだろう.聖書こそが十分で完全な信仰と生活の基準なのだから,それ以上の位置を持つ危険性をはらんだ「信条」のようなものは不必要と考えるばかりでなく,最初から警戒するところがあるのである.<復> (3) マニフェスト的な性格をその表題に現しているものに「ニューハンプシャー信仰宣言」(The New Hampshire Declaration)がある.これは詳細信条である「フィラデルフィア信仰告白」を意識して起草された簡易信条であって,この性格はバプテストの信仰告白における最も大きな特徴と言ってよいだろう.<復> (4) また,宣言文のような短いものでは詳細な部分まで述べ切れないということもあって,信仰告白の内容については解釈の幅を持たせることができる.バプテストの信仰告白が持つこうした「沈黙性」が,諸教会間の交わりのために有効に機能する結果となったことも事実である.<復> (5) 以上のようにして,バプテストの信仰告白の位置・目的が明らかになる.確かに信仰告白は聖書に取って代る信仰と生活の規準ではない.が,その聖書の教える教理をどのように理解し信じているかの告白が必要とされ,またそれこそがバプテスト教会という群れの一致と交わりのためには必要なのである.<復> 4.資料.<復> P・シャッフの『キリスト教信条集』,『信條集』(前篇・後篇)(新教出版社)には主要な信仰告白が収められている.バプテストについてのみのものでは,17世紀のイングランドのバプテスト教会の歴史に限ったE・B・アンダーヒルの『信仰告白とその他の公的文書集』(1854),またW・J・マックグロスリンの『バプテスト信仰告白集』(1911)が古典的である.最新の資料集としては参考文献に挙げたものがあり,それぞれ重要な信仰告白の本文に解説が付され,それが信仰告白を軸とするバプテスト教会史を形成している.→バプテスト,アナバプテスト,信仰の告白,信条・信条学.<復>〔参考文献〕斎藤剛毅編『資料・バプテストの信仰告白』ヨルダン社,1980;Lumpkin, W. L., Baptist Confessions of Faith (rev. ed.), Judson,1969.(上山雄治)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社