《じっくり解説》予型,予型論とは?

予型,予型論とは?

予型,予型論…

1.用語.<復> 予型ということばは,ギリシヤ語のテュポスから来ている.テュポスは基本的に,「原型」を表すこともあるし,その「写し」を表すこともある.新約聖書では14回用いられており,おもに(原)型や模範を表している.予型の意味で用いられているのはローマ5:14のみで,「アダムはきたるべき方のひな型です」と言われている.この「ひな型」は,テュポスと対になるアンティテュポスによっても表されることがある(ヘブル9:24,Ⅰぺテロ3:21).<復> 2.予型論とその前提.<復> 予型は聖書解釈における重要な問題の一つであり,それを取り扱うものが予型論である.予型論は,神の創造と救済のみわざが歴史的なものであることと,相互に関連していることを踏まえている.神はこの世界を,時間とともに進展し,完成に至る歴史的な世界としてお造りになった.救済は,創造によって始まった世界の歴史的な意味を完成する.終末は,救済のみわざの完成の時であるだけでなく,創造の目的の完成の時でもある.そして,この二つの完成は一致する.<復> 予型とは,神の創造と救済のみわざの歴史において,より早い時期に現れた事物,人物,出来事,制度などで,後に来る成就や完成を指し示すもののことである.予型はおもに,救済の歴史の古い契約の時代のものが,新しい契約の時代における成就や完成を指し示すという形で理解されるが,より広くは,創造をも含めて考えられる.アダム(とその子孫との関係.ローマ5:14)のように,創造によるものも予型としての意味を持っていることがある.<復> 予型は神のみわざの歴史のより早い時期に現れたものが,後に来る成就や完成を指し示すが,神のみわざは最終的にキリストにおいて成就し,完成する.従って,予型は基本的にキリストにおける成就,完成をあかしする.<復> 3.預言,象徴,類比との関係.<復> 予型の理解にとって大切なことは,予型と預言,象徴,類比との関係である.<復> (1) 預言との関係.予型は,後に来る成就や完成を指し示すという点で,預言としての意味を持っている.予型は預言の一種である.予型として用いられるものは,事物,人物,出来事,制度などである.預言にはそのようなものが用いられることもあるが,おもにことばが用いられる.預言のほうが予型よりも広いのである.<復> (2) 象徴との関係.予型と象徴との関係についてはいろいろな見方があるが,予型に象徴としての意味があることは認められる.しかし,象徴としての意味があるものが,すべて予型であるとは限らない.この意味で,予型は特殊な象徴であると言うことができる.すでに述べたように,予型は後に来る成就や完成を指し示すという点で,歴史的な次元で理解されるべきものである.しかし,象徴そのものにとっては,この歴史的な次元は本質的なものではない.時間を越えたものや,一つの時代だけに当てはまることなどの象徴もあり得るのである.<復> 予型は後に来るものを象徴的に表示するだけではない.予型は同時に,それが与えられた時代にとっても象徴としての意味を持っている.それが与えられた時代に対して象徴としての意味を持ちつつ,後に来る成就や完成を象徴的に指し示すものが,予型である.<復> 予型が象徴的な意味を持っているということは,予型が指し示していることには限界があるということである.予型に基づいて過剰な解釈がなされてはならないことを意味する.<復> (3) 類比との関係.予型と類比の関係は微妙である.ここで言う類比とは,神のみわざのなされ方には原理的な一貫性があるために,救済の歴史の中には,似たようなことが繰り返し起ることがある,ということを意味する.予型は類比の一種であるが,すべての類比が予型なのではない.後に来るものを指し示すという意味を持たない類比もあるのである.例えば,主にある義人が苦しみを受けるということは,いつの時代にも見られることである.確かに,イエス・キリストの苦難はその頂点にあると言える.しかし,ある特定の人物の苦難がキリストの苦難の予型であるとか,キリストの苦難がある特定の人物の苦難の成就であるということではない.<復> 予型と類比の区別は微妙であるため,すべての類比を予型と考えてしまう危険がある.予型は単なる類比ではなく,預言的な意味を持つ類比である.神の民が置かれている「状況」に,いつの時代にも共通する面があるために,同じようなことが繰り返し起ったのであれば,それは単なる類比である.例えば主にある義人の苦難を生み出す状況は,主に敵対する力が働いていることであるが,これはどの時代にも共通している.<復> あるものが予型であるかどうかの判断が難しい時には,聖書の中で予型として明示されているものだけを予型として認める,という基準に従うのが安全である.<復> 4.予型の種類.<復> 予型には,その与えられ方からすると,二種類ある.一つは,青銅のへび,マナ,「岩」(Ⅰコリント10:3,4)などのように,救済の歴史の出来事の流れの中で与えられたものである.もう一つは,聖所,いけにえの制度,大贖罪の日などのように,制度化されたものとして与えられたものである.<復> 5.予型論的解釈.<復> 予型との関連で注目すべきことに,聖書の予型→論的/・・←解釈がある.予型論的解釈においては,予型の意味がこれまで述べてきたことよりも広くとらえられており,むしろ,予型をも含む類比に近い.予型論的解釈においても,神のみわざに原理的な一貫性があることが踏まえられている.そこでは,過去になされた神のみわざとその啓示(された解釈)が,救済の歴史の進展の中で生じる新しい事態を理解するための枠組みとなっている.<復> 予型論的解釈において,救済の歴史の新しい事態を理解するための枠組みとなる神のみわざは,おもに,創造のみわざと,出エジプトからカナン侵入までの出来事の二つである.このことはすでに旧約聖書の中に繰り返し現れてきて,新約聖書に受け継がれている.<復> 例えば,洪水後の秩序の確立は,神の創造的なみわざとして示されている(創世8:22‐9:7).主の救いのみわざの完成が,新しい創造としてとらえられていることも同じである(イザヤ65:17以下,66:22‐24,Ⅱコリント5:17,黙示録21:1‐4,22:1,2).また,イザヤ40章以下では,バビロンの捕囚からの帰還が,創造のみわざと出エジプトの出来事を枠組みとして語られている.イエス・キリストによる救いのみわざも,新しい創造として理解されるだけでなく,新しい出エジプトとしても理解されている(マタイ2:15,ルカ22:15,16,Ⅰコリント5:7,8).<復> さらにⅠコリント10:1‐11には,予型と考えられるもの(1‐4節)も含めて,出エジプトの時代に起ったことが,後の時代への教訓であると言われている.同様のことはヘブル3:1‐4:11にも見られる.これらは予型より意味の広い予型論的解釈の例である.→聖書解釈学.<復>〔参考文献〕B・ラム『聖書解釈学概論』pp.278—308,聖書図書刊行会,1963;Vos, G., Biblical Theology, pp.161ff., Eerdmans, 1948 ; Bruce, F. F., “Typology,” The Illustrated Bible Dictionary, Tyndale, 1980 ; Baker, D. L., Two Testaments : One Bible, pp.239—70, IVP, 1976.(清水武夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社