《じっくり解説》信徒運動とは?

信徒運動とは?

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信徒運動…

教職中心の教会のあり方に対する反省から,教会は一般信徒の役割と意義をもっと重要視してこそ真の教会たり得る,との考えに基づいて起った種々の教会改新的運動を総称して言う.それが特に顕著な形で教会史の表面に出てくるのは宗教改革以後である.<復> 新約聖書原典には「信徒」に相当する語はないが,教会制度が整備され教職の身分が確立されるとともに,「民衆」を意味するlaosから派生したlaikosというギリシヤ語が「信徒(的)」の意味に用いられるようになった.初代教会の基本的性格は,専ら「からだは一つ,御霊は一つ」(エペソ4:4)としてのものであり,役員任命の記事が「使徒の働き」などに見られるものの,教会の実質は,それが聖職・信徒の区別のない一つの共同体的な統一体としての「神の民」であるところにあった.ところが紀元1世紀も終り近くになると,初期の流動的で柔軟な教会の姿は徐々に制度的・固定的なものとなり,2世紀に入ると監督・長老・執事という職分が確立し,3世紀半ば頃には,監督(司教)・一般教職者・信徒から成るいわばピラミッド型の教会制度が定着して,教職者と一般信徒との間の制度的区分がかなり意識されるようになった.その後中世において,教職者は典礼を執行し神の恩寵を分け与える祭司であるのに対し,専ら受動的にその典礼にあずかる者が信徒であるという理解が決定的なものとなり,司祭独身制の導入などとともに,聖なる教職者に対して世俗的な一段低い階級としての信徒,という図式が確定したのである.このように厳格に組織化され制度化された教会に対する反動として,教会や信仰の基本をあくまでも一般信徒の次元に見ようとしつつ,中世においてすでにキリスト教禁欲主義や修道院運動及び種々の異端的分派などが起り,また中世末期にはウィクリフやフスの教会革新運動が起った.それらはしかし,強固な聖職者制の基盤であるカトリック的敬虔の論理そのものの打破にまでは至らず,それゆえ信徒の復権を真にはかり得るものとはならなかったのである.<復> そこに,人文主義と文芸復興(ルネサンス)のもたらした社会的状況を背景に,「神の前での個人とその個人の信仰のみによる救い」という福音の論理を投げ込み,カトリック教会の功績主義的論理とその論理に立つ「恵みの分配機構」としての教会制度に真っ向から挑戦し,結果的に教職者と信徒とを隔てる壁を根底から突き崩したのが,ルターに始まる宗教改革であった.「福音の再発見」としての宗教改革は同時に「信徒の再発見」でもあり,ルターの万人祭司の思想などはその端的な表明である.キリスト者一人一人が神及び隣人との関係の両方において厳密な意味での「祭司」であり,聖職者の媒介なしに神との直接的な関係に生きるとともに,互いに対しても隣人としての直接の霊的責任を負う者であるという万人祭司説は,「神の民」としての教会概念をよみがえらせ,「信徒」に対する神学的裏付けを与えた.しかしながら,ルターのこの思想は,プロテスタント教会の出発原理の一つでありながら,実際には決して十全な形で具現化されはせず,むしろプロテスタント正統主義の台頭とともに新たな意味での壁が教職者と信徒との間に築かれることとなった.特に肝心のドイツ・ルーテル教会にあっては,宗教改革そのものが領邦教会制度という形をとったために,信徒の役割は極めて消極的なものに終ってしまったのである.その点では,説教と聖礼典に加えて「規律・訓練」を教会の大事な柱として重んじたカルヴァンらの改革派教会のほうが,信徒の意義を実際的な意味で積極的に評価していたとも言える.ともあれ宗教改革は,一方においては確かにカトリック的聖職者主義を打ち破り,教職者と信徒の間の隔てを取り除いて,礼拝参加,聖書翻訳,クリスチャン・ホームの育成,教育制度の充実,召しとしての世俗的職業の重視といった面で信徒を再発見した.けれども他方,実際の教会活動においては,結果的に教職と信徒が明確に区別されたままであったがために,教職の活動がすべてで信徒は受け身,という制度的固定を乗り越えるまでには至らなかったのである.<復> この不徹底さの自覚と反省から,その後おもにヨーロッパとアメリカにおいて,特に急進的な宗教改革「左翼」の流れの中から,ピューリタン運動や敬虔主義の運動などが起り,同時に会衆派(組合派)・長老派・バプテスト派・メソジスト派・メノー派(メノナイト)・クエーカー派・モラビア兄弟団・ディサイプル教会等,様々のプロテスタント諸派が生れ成長した.それらはいずれも,大なり小なり教職と信徒との制度的固定的区別を諸悪の根源と見なし,自由で流動的な原始教会的教会観に戻ることによって「信仰者の群れ」としての本来的教会を打ち立てようとの意識がその底流をなしている.その限りではまさしく,種々の形の信徒運動の所産なのである.これらの派にあっては,便宜上教職を立ててはいても,従来のどの教会にも見られなかったほどの権限と地位が信徒に与えられている.それは特にアメリカの諸教会において顕著であり,結局は聖職者中心主義が大勢を占めたまま現代に至っているヨーロッパに比べて,アメリカにおいては建国以来教会での信徒の役割は大きく,実際の教会行政のほかにも,日曜学校や青少年運動等,信徒が主体となって盛んになったものも少なくない.しかし,教職と信徒の関係は一筋縄ではいかない事柄のようで,一応信徒的立場に立つこれらの諸教会においても,様々の課題を抱えたまま今日に至っているのが現状である.アメリカの信徒中心主義も,それはそれで,プロ化された一部の信徒—「教職化された信徒」—対一般信徒,の図式のもとに,信徒の仮面をかぶった新たな教職中心主義を生み出していると言われる.欧米型教会のあり方がほとんどそのまま移入されているわが国においても,事情は同じである.万人祭司的な原理に立つことを建前としながらも,「一段高いところにいる教職者と,その教職の手足となって動く者としての信徒」という意識の教会が依然少なくない.説教や聖礼典の執行権を制度として信徒に与えない教派も多い.あるいは,説教はなし得ても礼典執行は正規の教職のみという場合もある.しかしそのようなことを一つの固定的な制度として守ることが果して宗教改革的福音理解から矛盾なく導き出されるものかどうかについては,まだまだ検討の余地があろう.また逆に「信徒主義」を標榜していても,実際上は教職中心であり,それに対する反発から起った「信徒は王様で教職は使用人」というような意識にあやつられ,結果として教職と信徒との関係がなれ合いの御都合主義に堕している場合がある.それが果して「万人祭司」なのかということも問われなければならない.教職制度を全面的に否定する無教会主義運動やある種の「兄弟教会」的運動が,既存の教会からの批判にさらされながらも,それなりの評価と支持を得て現存している事実は,教会とは何かという問を今一度われわれに突き付けるものである.学生キリスト教運動やワーク・キャンプといった狭義の信徒運動・活動も,それが信徒とは何かということの根源的な探究との相関関係に置かれてこそ,真に教会的な意味を持ち得ると思われる.→万人祭司,敬虔主義,教会・教会論,教会政治,職制.<復>〔参考文献〕H・クレーマー『信徒の神学』(現代神学双書2)新教出版社,1960.<復>(角川周治郎)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社