《じっくり解説》聖餐の制定とは?

聖餐の制定とは?

聖餐の制定…

聖餐は,それを守るように定め命じたイエスのことばに直接の起源を持つ.新約聖書における聖餐制定の記事は,マタイ26:26‐29,マルコ14:22‐25,ルカ22:15‐20,Ⅰコリント11:23‐26の4箇所に及ぶ.これらはいずれも基本的には,過越の祭の時期に持たれた弟子たちとの最後の晩餐の席上,イエスがパンとぶどう酒を自身のからだと血とに結び付け,弟子たちにそれらを飲食するように勧めたことを内容としているが,実際の記述において相互に差異がある.マタイは若干の差異を除いてはマルコと内容的にほとんど同じであるため,マルコに依拠していると思われるが,Ⅰコリントのパウロの記事は,マルコとは重要な点で顕著な差異がある.ルカは,後述のごとく,成立事情その他についていろいろと微妙な問題を含んでいるが,内容的には大まかに言ってマルコとパウロを折衷した形になっている.そこで聖餐制定の記事を一応マルコ型とパウロ型の二つに分けて考えた場合,制定の文言に関しての両者の主要な相違点は二つある.第1は,制定そのものに直接かかわる,「わたしを覚えて,これを行ないなさい」というイエスのことばが,パンとぶどう酒のそれぞれについて記されているのはパウロの場合であって(Ⅰコリント11:24,25),マルコには全然ないということである.第2は,ぶどう酒についてのイエスのことばが,マルコでは「これはわたしの契約の血です.多くの人のために流されるものです」(マルコ14:24)とあるのに対し,パウロでは「この杯は,わたしの血による新しい契約です」(Ⅰコリント11:25)となっている点である.つまり,マルコではぶどう酒と血とが端的に結び付けられ,「契約の血」及び「多くの人のために流される」という,いかにも十字架の贖罪死を想起させる生々しい表現が用いられているのと対照的に,パウロでは,直接に結び付けられているのは「杯」と「契約」であり,「流される」ということばは出てこないため,ぶどう酒と血との結び付きはいわば間接的にしか表されていない.現代のおもな学説によれば,マルコ型とパウロ型の両方とも,当時の諸教会に半ば定式化されて流布していた祭儀上の伝承を記したものであり,マルコ型はパレスチナの伝承を,パウロ型はアンテオケや小アジヤ地方などギリシヤ語圏の伝承を,それぞれ伝えるものとされている.問題はルカであるが,その問題点とは,彼の記事に登場する「二つの杯」をどう理解するかということである.すなわち,「そしてイエスは,杯を取り,感謝をささげて後,言われた」(ルカ22:17)とあり,続くパンの制定の後で,再び「食事の後,杯も同じようにして言われた」(同22:20)と書かれている.ルカにはなぜ杯への言及が2回あるのだろうか.記者ルカが単純にマルコ型とパウロ型とをつなぎ合せたからだとも考えられようが,彼が両方ともに聖餐制定の伝承と知りつつそうしたのであれば,杯への言及が2回というのはルカの不注意によることになる.しかし,ルカの記述をマルコ型とパウロ型を折衷したものとしつつも,「二つの杯」が実は意図的なものだとする見解もある.それによると,ルカは,聖餐制定とその背景をなす過越祭との関連・対比を明確に描くために記事の前半(22:15‐18)において「パンとぶどう酒」の予表としての「過越の食事と杯」を意図的に取り上げているのであり,従って最初の「杯」はいまだ過越祭のそれであって,後の聖餐制定の「杯」と同一ではないとする.しかしながら,さらに別の見解に従えば,「二つの杯」は,ルカの記事が,マルコ型でもパウロ型でもないところの,一方は過越伝承他方はパウロ型などよりさらに旧い聖餐制定伝承といった二つの異なった伝承を一つにまとめたものであることを意味する.その傍証として,例えばパウロが2度記している「これを行ないなさい」(Ⅰコリント22:24,25)という命令がルカには1度しかない(ルカ22:19)こと等が挙げられる.この見解が正しいとすれば,ルカはマルコ型・パウロ型と並ぶ第3の制定伝承を伝えるものとなる.いずれにせよ,聖餐制定の各記事はそれぞれの依拠する伝承の文言を伝えていて,それらの間に上述したことなども含めて他にも細かい相違点が見られ,それらを比較検討してイエスの元のことばを復元することはほとんど不可能と言ってよい.しかし,それにもかかわらず,「これは私のからだ,これはわたしの血.わたしを記念するためこのように行ないなさい」という制定の中心となるべき文言は,確かに真実な響きをもってわれわれに迫るものを持っており,その意味ではイエスのことばの核はしかとわれわれに伝えられていると見て間違いないであろう.<復> イエスはなぜ聖餐というものを定め,また教会はこれを守ってきたのだろうか.福音がどうしてパンとぶどう酒を飲食することと結び付くのか.秘儀としての聖餐がどこまでもわれわれの理解を超えたものである半面,救済史的には聖餐の意味付けはそれなりになされ得る.過越の象徴する旧い神関係がイエス・キリストを通しての新しい関係に取って代ることが福音であるならば,神との新しい契約の印としての聖餐は新しい過越祭と言える.キリスト者は聖餐において,救い主イエスの受難と復活にあずかり,彼との親しい交わりに招き入れられ,同時に彼をかしらとする共同体としての教会を互いに確証し合う.その意味で,「これはわたしのからだです」というイエスのパン制定のことばは,いかなる時にも必ず自分が共にいるという弟子たちへの約束であり,また復活の前宣言でもあるとともに,聖餐の際のイエス御自身の確かな臨在を教会に約束するものである.「これはわたしの契約の血です」というぶどう酒制定のことばもまた,受難と死を通して新たな神関係へと人間を招き入れる救い主としてのイエスの永遠的臨在を,弟子たちと教会とに約束するものである.このように「パンとぶどう酒」を,終末における神の国の全き成就の時まで常に変らぬ救い主の臨在を約束するものとして制定したところに,イエスの聖餐の特別な意義が認められよう.それと同時にわれわれは,聖餐があくまでも「食事」として制定されたものであることを忘れてはならない.それは食べ物の祭儀なのである.救済史的な聖餐理解の底に,原始宗教的な食物の秘義性・祭儀性が前提として置かれていると考えられる.生命を保証するものとしての食べ物を神の恵みとたたえこれを食することにおいて,われわれのからだそのものが前理性的な次元で神と結び付く.過越の儀式は,食べ物のそのような祭儀性を前提として,家長が食卓上のそれぞれの食べ物の出エジプト的ないわれを説明し会食者全員でそれを食することにより,いわば体そのものに出エジプトを覚え込ませるものであった.同様に,聖餐もまた,「主の肉と血を食らう」ということの原始宗教的な生々しさを通して,十字架そのものの持つおぞましさ・異様さへとわれわれを絶えず引き戻し,そのことによって福音のいたずらな観念化・抽象化からキリスト教を守るものと言ってよい.一方で「十字架」の思想化・神学化をなしながら他方どこまでも「つまずき」(Ⅰコリント1:23,ガラテヤ1:11等)としての十字架の原事実に固執し続けたパウロが,「主の晩餐」の大切さを繰り返し説いたのもその意味においてであろう.→主の晩餐,聖餐式,聖餐論,礼典.(角川周治郎)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社