《じっくり解説》病気とは?

病気とは?

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病気…

古病理学の研究によれば,病気は人間の歴史とともに古くからあったと考えられ,また動物の化石の研究などから,人間の登場する以前から病気は存在していたと考えられている.病気についての文字による記録は前4千年から3千年ぐらいのものであるが,化石の研究や3千体以上に及ぶミイラの研究などからそれ以前の病気についても明らかである(E・H・アッカークネヒト『世界医療史』内田老鶴圃,1983).聖書に病気についての記述はあるが,病理学的な記録は何もなされていない.旧約聖書には,いけにえの動物を各部分に切り分ける詳細な解剖学的な記述はあるが,それが病理学的な研究という方向には発展していない.これは,病気の起源やいやしなどが,宗教的あるいは呪術的背景の中で考えられていたからであると想像される.旧約聖書で,大きな問題として記録されている病気は,エジプトの病気,らい病,及び疫病である(病気の聖書学的考察については『新聖書・キリスト教辞典』「病気」の項〔いのちのことば社〕を参照).<復> 古代人は人間の苦悩に神々の意志を認め,それ以外には病気についての説明を考えなかった.病気は人間の肉体を痛め付け,滅ぼすものである.彼らは病気の原因がわからない時は,それを神々の御手,あるいは悪霊の働きと考えた.イスラエル民族が形成される背景はメソポタミア文明である.この文化圏では様々な神々の礼拝に関して病気の学説が練り上げられ,おのおのの病気の型の中に特別な神の「手」を認め,ほとんどそれが病名となった.しかしこの文化を背景としている創世記の記述の中には,病気の記述はほとんどなされていない.人が死ぬという事実の背後には,何らかの病気があったことを想像することはできる.老齢による盲目(創世27:1),出産時の事故(35:18)などが記録されているが,これも単にその事実が記されるだけである.<復> 聖書の中で病気が大きな出来事として記録されるのは,出エジプト記の中での10の災いからである.そこでは第5の災いとして家畜の疫病,第6の災いとして人と獣の腫物が記録されている.それ以前にはアブラハムがエジプトへ行った時に経験した「疫病」(創世12:17.ここで「災害」と訳されている[ヘブル語]ネガーは,らい病の「患部」とか「えやみ」とも訳される)しかない.このことから,イスラエル民族は,日常的な病気はパレスチナで生活していた時に経験していたが,らい病や疫病という重大な病気はエジプトへ行って初めて経験したものだろうと考えられる.<復> エジプトでは早くから病気についての研究がなされていたと考えられている.しかしエジプト人の病気についての理解は彼らの信仰と,それに関連する魔術と密接な関係があった.彼らは,病気は患者の外から押し付けられたものと考えた.それはある時は他の人間や獣からであり,またある時は木や石といった無生物によると考えられた.またある時は目に見えない敵で,骨や内臓の中に忍び込む悪魔の霊,埋葬されない人の幽霊などと考えられた.このような原因に対抗する手段は魔術であり,これを行う者は魔術師であり祭司であった.彼らが頼りとする神々は,ライオンの女神セクメト,猫の女神バステト,さらにあらゆる学問の所有者であるトトなどであった.<復> このような文化の中から御自身の民を導き出された神が,その脱出の直後になされた自己啓示は「わたしは主,あなたをいやす者」(出エジプト15:26)ということばである.これはエジプトの偶像の神々が病気の支配者ではなく,主なる神が病気においても主であることを,はっきりと語るものであった.またここで「何一つあなたの上に下さない」と約束されているのは,「エジプトに下したような病気」である.この約束が繰り返し語られる(申命7:15,28:60)ことによって,病気のいやしについて信頼すべきなのは,エジプトの偶像神ではなく,主なる神御自身であることが明らかにされた.<復> 次にらい病についてであるが,これもイスラエルがエジプトに行って初めて出会った重大な病気であったと考えられる.前2400年頃のエジプトのパピルス文書にらい病の記録がある.イスラエルがエジプトに下ったのは前2000年頃である.そしてイスラエルのエジプト脱出(前1400年頃)とともに,パレスチナに運ばれたと考えられる.さらにペルシヤの記録では,前6世紀のものにらい病が見られるというので,恐らくバビロンに捕囚となったイスラエル人によって運ばれたのではないかと思われる.従ってエジプト脱出後には,らい病に対する対処の仕方が詳細に語られなければならなかった.らい病は患者との接触によって伝染し,感染力は弱いが潜伏期間が長いことから,非常に恐ろしい病気と考えられていた.レビ記に記されているらい病の診察の仕方からは,あるものは単なる皮膚病の一種と考えられるし,衣服や家の壁などに生じるという記述からは,かびのようなものと考えられる.彼らには伝染経路などを十分に見極めることができなかったので,そういったものが病気を伝染させると考えたのかもしれない.当時の彼らには,それらを十分に見分けるだけの医学的知識がなかったので,みな一様にらい病として取り扱ったものと思われる.レビ13章の記事には,らい病がどのようにいやされるかについては何も記されていない.またいやし主についても言及していない.そこにはただ,他者への感染を防ぐために,らい病人は自分の存在を明らかにすること(13:45)と,祭司の診断による完治の宣言によって民との交わりが回復することが規定されているだけである.後者の場合には儀式的な意味が付け加えられている.しかし突然にモーセの手に起るらい病(出エジプト4:6,7)や,ナアマン将軍のらい病のいやし(Ⅱ列王5章),ウジヤ王のらい病の突然の出現(Ⅱ歴代26:19)などから,神がらい病の支配者であることが示される.そして新約聖書ではイエス御自身がらい病のいやし主であることが明らかにされる.<復> 以上のことから,聖書では病気も神御自身の支配の御手の中にあると考えられている.そして病気からの完全な解放は,神のしもべが負う(イザヤ53:4,5,Ⅰペテロ2:24)ことと,新天新地の約束(エゼキエル47:3‐12,黙示録22:1,2)の中にのみ啓示されている.<復> 今日では医学の知識が急速に発達し,治療技術も目覚しい発達を遂げている.そしてこの巨大化した治療技術が絶対視され,現代の神々の位置を占めている.しかし病気に対処する有効な手段はあっても,病気そのものを人は支配することはできない.病気の原因はわかっても,なぜ他の人でなく自分が病気になったのかという根源的な疑問には,納得できる回答は与えられていない.この疑問に対しては,今日でも人々は,様々な神々に頼るか,呪術的なものに頼るか,あるいは全く解決のない精神的な苦闘を個人的に戦う以外にはない.従って今日においてもなお病気という困難な問題は,肉体的にも精神的にも,そして社会的にも,神と,そしてキリストとの関係の中で考えなければならない課題である.→痛み,いやし.<復>〔参考文献〕立川昭二『病気の社会史』日本放送出版協会,1980;M・サンドライユ他『病の文化史』リブロポート,1984;W・H・マクニール『疫病と世界史』新潮社,1986.(荒井隆志)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社