《じっくり解説》啓蒙主義とは?

啓蒙主義とは?

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啓蒙主義…

[英語]Enlightenment.理性を中心とした人間の自律的な活動に信頼し,その活動の様々の所産を通して既成の伝統的な諸権威からの解放を求めた,18世紀全体を貫く欧米の思想運動.この思想運動はイギリスとフランスを中心にして展開されたが,アメリカを含む多くの西洋諸国に及んだ.啓蒙主義はそれぞれの国において異なった形態をとった.イギリスにおける代表的な啓蒙主義者として,アダム・スミス,ジョン・ロック,デイヴィド・ヒュームなどの名を挙げることができる.フランスの啓蒙主義者として有名な人物は,J・J・ルソー,ヴォルテール,ドルバック,ダランベール,コンドルセーなどである.ドイツにはCh・ヴォルフ,レッシッグ,ライマールス,カントなどの啓蒙主義者がいた.アメリカの独立宣言の起草者であるジェファスン,フランクリン,ペインなども啓蒙主義の影響を受けている.啓蒙主義は穏やかな形態をとることもあり,また過激な形態をとることもあり,この思想運動の全体像を単純に規定することは困難である.<復> 啓蒙主義は18世紀以前の合理主義的潮流を継承するものであり,その限りにおいて,この運動は独自の思想内容を生み出したわけではない.啓蒙主義は,普遍妥当的な真理と倫理的規範が存在し,それらが人間の理性的能力によって認識可能であるという前提,また思想,生活,社会におけるあらゆる問題は人間と自然の秩序の認識とその利用によって恒久的な解決をはかることが可能であるという前提とを前の時代から受け取った.啓蒙主義の特徴は,理性の主要な機能の強調点のうちに見出される.理性の主要な機能は,事実の分析的解明の集積から諸原理を構成的に引き出すことのうちにあり,この理性的方法論は,伝統的なアリストテレス的な自然観の解体に決定的な役割を果した,アイザク・ニュートンの『プリンキピア』(『自然哲学の数学的基礎』)の中に典型的な形で示されている.このような方法論においては,無限の知識欲が肯定されており,解析されるべき事実が蓄積されればされるほど,法則的なものは明晰さを増していく.原理の認識が諸事実の分析に依存しているならば,原理の認識は常に暫定的であり,諸事実の分析をさらに付加していくならば,原理のより完全な認識に到達する可能性が常に残されていることになる.しかし法則的なものに対する絶えざる漸進的な接近は,デイヴィド・ヒュームの哲学の例に見られるように,絶対確実な真理には原理的に到達不可能であるという理性の能力に対する懐疑をそのうちに含むものであった.<復> 啓蒙主義者たちは,このような科学的認識の方法を,自然以外の領域にも適用した.J・J・ルソーはこの方法を国家や社会に適用して,社会を構成している単独の個人の分析から社会構造を支配する原理を引き出した.最大限の自由を享受するために,妥協してある程度の制約を甘受する万民の契約の中に社会の本質を求めるならば,王権神授説に代表されるような社会の支配構造の神学的説明は否定されることになる.<復> 啓蒙主義における理性の自律の強調は,啓示を根源的な真理認識の不可欠な手段と見なすキリスト教と対立する.しかし啓蒙主義は多くの場合,啓示の概念やキリスト教の諸教理をあからさまには否定しなかった.啓蒙主義は,キリスト教を人間の本性に対する楽観主義的見解に適合するように改変することを意図した.啓蒙主義者たちによって,啓示は理性によっては認識できない真理の唯一の源泉という権威と,生活を秩序付ける規範的な力とを剥奪された.啓示はキリスト教以外の諸宗教の想像力に満ちた洞察力の産物と等価のものとされ,あらゆる宗教は本質的には一つであるという認識から,キリスト教真理の排他性に対するキリスト教の主張が非難され,すべての宗教に対する寛容が求められた.あらゆる存在の創造者,支配者である神は,理神論者が主張するように,世界の秩序の単なる説明原理へと,またカントの場合のように,自律的な道徳を鼓舞する補助原理へと矮小化された.<復> 啓蒙主義は,キリスト教の原罪の教理にその攻撃目標を定めた.原罪の教理は啓蒙主義的な人間の楽観的見解と全く相いれないものだったからである.自然科学の方法論を熟知していた17世紀のフランスの思想家B・パスカルは人間の偉大と悲惨という人間の二重性に関する諸事実の分析から,合理的認識の限界を指摘し,これらの事実を説明するための原理を原罪という啓示的真理に求めた.J・J・ルソーは,人間の悲惨な現実の認識ではB・パスカルと一致したが,人間のあらゆる悪を社会構造によって説明することで,原罪の教理を否定しようとした.<復> 原罪の教理が否定されれば,人間の本来の善性が肯定される.人間の様々の無知,迷信,妄想,悪徳の原因は,人間が罪人であるからではなく,人間の理性的能力がいまだ開発されていないからである.啓蒙主義者たちは,人間は教育によって理性的能力を開発し,現実の未成熟な状態から脱却しなければならないと主張した.啓蒙主義の見解によれば,国家秩序,社会制度,教会組織などの既成の伝統的な権威は非人間的な状態の中に人間を隷属させているが,理性の営みとしての自然科学,技術,哲学思想の力によって社会を根本から再編成するならば,社会の改造も可能になる.<復> そこから人間と社会に対する完全可能性という概念が生れる.人間が道徳性を初めとしてあらゆる能力を開発するならば,その人格的理想としての完全性に到達できると言うのである.また人間社会も,政治,法律,経済,学問,技術,道徳,芸術,教育などのあらゆる文化領域,また社会全体が完全な状態に到達することが可能になるとした.<復> 現実の社会はいまだにそのような状態に達していないという認識によって,啓蒙主義者たちは,個人と社会に関するあらゆる現実を進歩という概念によって把握した.啓蒙主義の影響によって,18世紀の人間は,人間の能力と洞察と地上的な幸福の増大に対する信仰を持つに至った.啓蒙主義はあらゆる点において過去よりも現在が,現在よりも未来がより善いものであると考え,幸福な社会は夢ではなく,確実に到達可能な目標であるという楽天的な希望を持ち,社会の進歩に対する特定の貢献の中に自分の存在意義を見出した.<復> 普遍的な知的・道徳的な理想の名のもとに,理性の原理と科学的知識によって社会を合理的に再編成しようとする啓蒙主義的な試みに対しては,様々な形の反啓蒙主義が登場した.反啓蒙主義は普遍的な進歩の絶対的規準は存在しないと主張したのである.<復> 啓蒙主義の理想は19世紀,20世紀の歴史的現実によって裏切られたように思われるが,啓蒙主義の諸概念の多くは,現代人の中にもまだ刻印されている.啓蒙主義の諸概念のすべてがキリスト教に敵対するものではないが,人間性に対する無条件の信頼という啓蒙主義の基本理念に対する闘いは,キリスト教会が今後とも取り組んでいかなければならない課題なのである.→キリスト教的ヒューマニズム.(多井一雄)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社