《じっくり解説》反キリストとは?

反キリストとは?

反キリスト…

この「反キリスト」という表現はヨハネの手紙に5回だけ出てくるだけである(Ⅰヨハネ2:18,18,22,4:3,Ⅱヨハネ7節).とはいえ,その概念は広く知られていたと思われる.「反キリスト」とは,[ギリシャ語]アンティからもわかるように,偽りの教えや主張というよりも,むしろキリストに敵対し,悪意をもって立ちはだかっている存在を視点に置いた表現と理解すべきであろう.<復> また,反キリストという表現のほかに,異なった視点から別のことばが用いられている.福音書の中でイエスは預言者ダニエルのことばを引用して「荒らす憎むべき者」(マタイ24:15,マルコ13:14.参照ダニエル9:27,11:31,12:11),また,「にせキリスト」と「にせ預言者」(マタイ24:24,マルコ13:22)の出現を語られた.パウロはその書簡で,「不法の人」「滅びの子」(Ⅱテサロニケ2:3)と言っている.ヨハネの黙示録においては,教会を迫害するサタンと呼ばれる赤い「巨大な竜」(12:3,9)と,その竜から力と権威を授けられた複数の「獣」(13:2,11)などが登場する.<復> ヨハネの手紙によると,「反キリスト」の存在とその活動について,当時の読者は熟知していたようである.それのみか,すでに多くの反キリストが彼らの間で活動していて,多くのキリスト者と教会とを惑わしている.ヨハネはこの反キリストの特徴と本質について,「偽り者」と規定し,「イエスがキリストであることを否定」し,「御父と御子を否認する者」であると告げている(Ⅰヨハネ2:22).さらに,この反キリストを「人を惑わす者」とも規定し,「イエス・キリストが人として来られたことを告白しない者」であるとも説いている(Ⅰヨハネ4:3;Ⅱヨハネ7節).<復> この手紙によれば,反キリストの出現は世の終りのしるしである(Ⅰヨハネ2:18).しかも,その偽りの教えは,使徒たちの教えに激しく対立し,神が人となってこの世に誕生された受肉のキリストを真っ向から否定しているのである.このことは,単に教理的な過ちを犯しているというだけでなく,まさにキリスト教信仰の根本的真理を否定するものである.なぜなら神は人となられた御子イエス・キリストによって,人類のために救いのみわざを完成されたからである.<復> ここで,特に注目しなければならないことは,これらの反キリストが教会の中から出てきていることである.羊を装ったサタンが,極めて巧妙に教会をその内側から崩しにかかっている.恐らく,偽教師や偽弟子の形で存在していたのだろう.今日の私たちも,この時代における反キリスト的存在とその兆候に留意し,教理と実践とにおいてその清さを保たなければならない.<復> また,ヨハネの時代に多くの反キリストが活動していたのだから,「終わりの時」はすでにその時に始まっていたことになる.「神は,むかし先祖たちに,預言者たちを通して,多くの部分に分け,また,いろいろな方法で語られましたが,この終わりの時には,御子によって,私たちに語られました」(ヘブル1:1,2).従って「終末」はイエスの最初の来臨においてすでに始まっており,イエスの再臨において完結することになる.その意味では,私たちは終末に生きているのである.ゆえに,今の時代における反キリスト的存在とそのしるしをしっかりと見据えて,キリストの忠実な証人としてのあかしを立てていかなければならない.<復> 福音書においてイエスは,終りの時に御自身の再臨に先立って,多くの「にせキリスト」と「にせ預言者」たちが現れることを預言された.「荒らす憎むべき者」が聖なる神殿に立ち,それを完全に破壊してしまう時が来る.こうした偽キリストたちは,しるしや不思議なわざをして見せ,神の民を惑わす(マルコ13:22).また,地震,戦争や飢饉,患難と迫害が起る.しかし,これらの患難をもたらす者が偽キリストなのか,また,彼らの最後の運命がどうなるのかについては,ここでは明確にされていない.いまだかつてなかったような患難と天地異変が起るが,それに引き続いて人の子が偉大な力と栄光を帯びて雲に乗って現れ,最後の勝利を収められると言う(マルコ13:24‐27).<復> パウロは反キリストという表現は用いていない.彼によれば,キリストの再臨を前にしてキリスト者の背教が起り,「不法の人」すなわち「滅びの子」が現れ,自分こそ神であると宣言する(Ⅱテサロニケ2:1‐12).不法の人は,サタンの力を受けて,しるしと不思議なわざを行い,人々を欺くのである.だが,イエスが再臨される時,不法の人は滅ぼされ,惑わされて真理を信じなかった者たちがさばかれることとなる.<復> ヨハネの黙示録では,キリストと悪魔とその諸勢力との最終的戦いが描かれている.13章では2頭の獣が登場する.1頭は10の角と七つの頭を持つ「反キリスト」的性格の獣で,竜とともに人々から礼拝を受ける.第2の獣は羊のように2本の角を持ってはいるが,その語り口調は竜のようである.奇蹟を行って人々を惑わすのみか,死の刑罰をもって第1の獣の礼拝を強いる.神の小羊を装っているが,その本質は「偽キリスト」である.これらの獣はキリストの再臨に当って最後の戦いを挑むが,ついに捕えられて火の海に投げ込まれる.獣たちに従った諸国の指導者や偽預言者も滅ぼされる(19:19‐21).竜であるサタンは千年の期間の後に獄から解かれ,聖徒たちと戦うが,火と硫黄の池に投げ込まれる(20:10).<復> いろいろな表現をもって描写されている「反キリスト」は,その存在がすでに初代教会においても認められていた.また,福音書とパウロの書簡においても神の民を惑わす力が部分的に成就していることが指摘されている.ヨハネの黙示録の預言も,ローマ帝国の歴史の中で部分的に成就しているとも言えよう.預言は一度語られたら,それが完全な形で一度だけ成就するというのではなく,キリストの再臨において最終的な形で成就するまでに何度も,教会の歩みの中で満ち続けていくものである.その意味では,今日の教会も「反キリスト」や「にせキリスト」などサタンの勢力との戦いに参戦しているのであり,神の小羊による完全な勝利を確信して勇敢に戦わなければならない.→終末論,再臨,荒らす憎むべき者・荒らす忌むべき者.<復>〔参考文献〕Kittel, G.(ed.), Theological Dictionary of the New Testament, Vol.4, Eerdmans, 1974 ; Buttrick, G. A. (ed.), Interpreter’s Dictionary of the Bible, Vol.1, Abingdon, 1962 ; Douglas, A. D. (ed.), The New Bible Dictionary, Eerdmans, 1962.(村上 久)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社