《じっくり解説》不死,不死説とは?

不死,不死説とは?

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不死,不死説…

聖書における「不死」とは,キリストのいのちにあずかった者に与えられる復活のからだの,朽ちない,滅びない,死なない状態を意味する.その様相や条件を巡って,以下のような異説がある.<復> (1) 霊魂不死説(Immortality of the soul).神が人間の魂に朽ちない性質を与えられたので不死であるという説.例えば,カルヴァンは,魂の不死は,本来人間に備わっているものではなく,神によってアダムに分け与えられたものであると解して,キリスト教教理として受け入れられると主張した.18世紀には,啓蒙主義や理神論の影響を受けて,この説はキリスト教教理の一部として考えられるに至った.近代では,A・A・ホッジやW・G・T・シェッドなどがこの説を擁護した.しかし現代,H・バーヴィンクやG・C・ベルカウワーは,この立場は聖書的概念ではないとして受け入れていない.<復> (2) 条件的不死説(Conditional immortality).不死は創造の時に先天的に賦与されたのではなく,キリストを信じて贖われた者に,神から賜物として与えられるが,信じない者は究極的に,すべての存在を失うという説.霊魂絶滅説は,この立場と類似していて,一般に同義語として用いられている.この立場をとったのは,古くは教父の一人エイレーナイオス(130年頃—200年頃)である.彼は,死に定められている人間が不死となるためには,神に従順でなければならないと主張した.不従順は死をもたらすが,従順は不死につながるというのである.4世紀には,アフリカの弁証家アルノビウスがこの説を唱えたが,一般に受け入れられなかった.後に異端として退けられた.19世紀になって,この説は,欧米の神学者の著書を通して広く普及した.E・ホワイト,H・ブッシュネルなどがその代表的な擁護者である.<復> 1.旧約聖書における不死の概念.<復> 旧約聖書には,不死に直接言及することばはないが,それを含蓄する造語「死がない」(not‐death)が,箴言12:28に見られる.この語は「不死」(immortality)(デーリッチュ)とも訳されるので,不死を示唆しているととれよう.ヨブ19:25‐27,イザヤ26:19には,からだの復活への言及が見られるが,ダニエル12:2は,旧約聖書において,不死が復活とかかわっていることを示す唯一の箇所で,不死の必然的結果与えられる,永遠のいのちが述べられている.旧約聖書においておぼろであった不死の概念は,キリストの来臨において明らかにされることとなった.<復> 2.新約聖書における不死の概念.<復> 新約聖書において不死を表すのは,次の三つの語である.<復> (1) 名詞[ギリシャ語]アサナシア(否定を表す接頭辞[ギリシャ語]アと,[ギリシャ語]サナトス〔死〕との複合語).字義通りの意は「不死」(deathlessness).Ⅰテモテ6:16では「死のない方」と訳され,神のみがその本質において不死であることを意味している.Ⅰコリント15:53,54では,復活のからだは死に支配されないことを指している.<復> (2) 名詞[ギリシャ語]アフサルシア(否定を表す接頭辞[ギリシャ語]アと,[ギリシャ語]フセイロー〔滅びる〕との複合語).使用度数は7回.「不滅」「朽ちない」「朽ちないもの」と訳出され,不朽性,不滅性を意味している.不滅は,キリストが福音によって明らかにされたものであり(Ⅱテモテ1:10),キリストを信じる者が目指す目標である(ローマ2:7).きよい愛は「朽ちない」ものである(エペソ6:24).また復活のからだは朽ちないものである(Ⅰコリント15:42,50,53,54).<復> (3) 上記と同語源の形容詞[ギリシャ語]「アフサルトス」は7回用いられ,「不滅」「滅びない」「朽ちない」と訳され,不滅性,不朽性を指している.この語は,神の本質(ローマ1:23,Ⅰテモテ1:17),神のことばの性格(Ⅰペテロ1:23),キリスト者女性にふさわしい気質(Ⅰペテロ3:4),キリスト者の報酬(Ⅰコリント9:25)とその受け継ぐべき資産(Ⅰペテロ1:4),復活のからだの状態(Ⅰコリント15:52)に用いられている.<復> 新約聖書は,神がいのちの根源であられ,死に支配されることなく,永遠に存在し続ける方,つまり不滅であることを明言している.この不滅は,救い主キリスト・イエスが死を滅ぼし,福音によっていのちとともに明らかに示された.従って,朽ちない種である神のことばを通して,キリストによって新しく生れた者のみが,不死を賜物,受け継ぐべき資産として与えられるのである.不死は,現有しているものではなく,キリストの再臨の際に与えられるものである.その時,主にあってすべて肉体を離れ,主のみもとにいる者も(Ⅱコリント5:8),地上に生きている者も,共に復活のからだを与えられ,キリストの栄光のからだと同じ姿に変えられる(ピリピ3:21).<復> パウロが,信者の不死に言及する時,それは復活した霊のからだであって,決して「魂」を意味していない.信者の不死にかかわる7箇所で注意すべきことは,パウロが人間を,からだと魂とから成る一つの統一体—人間全体—として述べていることである.霊のからだは,復活によって変えられて初めて,不死の状態とされる.よって,聖書は,魂の不死を一切説いていない.プラトン的霊魂不滅説も,キリスト教教理の一部であるかのように主張されてきている霊魂不死説も,これらの箇所に照らし合せると,異質的なものであって,聖書的概念ではない.<復> 信者にとって不死が神からの賜物であるなら,不信者の死後はどうなるのだろうか.彼らは朽ち果て,滅びるのだろうか.否,死後その魂は存在し続け,さばきを受ける.これが悪人復活の教理である(使徒24:15).キリストは「悪を行った者は,よみがえってさばきを受けるのです」(ヨハネ5:28,29)と述べ,パウロもまた,不信者が永遠の滅びの刑罰を受けると記し(Ⅱテサロニケ1:8,9),彼らの定めが,死後の存在の停止ではなく,神との関係が変則的なものであることを教えている.彼らは第2の死によって(黙示録20:6,14,21:8),神の臨在と交わりを奪われ,永遠に,究極的に神から分離される.悪人の復活の教理は,条件的不死説か霊魂絶滅説に対する決定的な反論の論拠となる.なぜなら,復活のからだは,魂ではなく,人間全体—からだと魂—を意味するからである.→死,死後の状態,復活,再臨,さばき,終末論.(樋口信平)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社