《じっくり解説》神の痛みの神学とは?

神の痛みの神学とは?

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神の痛みの神学…

「神の痛みの神学」は,ルター神学の流れに立つ神学者・北森嘉蔵によって展開された神学である.「神の痛み」とは,神が自らの愛に反逆し,絶対に滅ぼすべき怒りの対象となった罪人を,神がその怒りを自らが負いなお愛そうとする神の愛を意味する.さばきの神と赦しの神が同一の神である時,罪人に対する愛と赦しは神において矛盾・葛藤,つまり「痛み」なしにはあり得ないとされる.十字架につけられたキリストに現れた神の愛は,永遠に同一的な愛の現れではなく,それに先行し人間の反逆により怒りと化した愛,「直接的な愛」と質を異にする愛,「神の痛みに基礎づけられし愛」と呼ばれる.<復> 『神の痛みの神学』は第2次世界大戦直後に初版が公にされ(1946),「まさに燎原の火の勢いをもって」(野呂芳男)教会内外の人に読まれた.以後文庫版に収められる(講談社学術文庫,1986)に至るまで数版を重ねた.著者北森嘉蔵は熊本生れ(1916年),旧制第5高等学校在学中にルーテル教会で受洗,卒業後日本ルーテル神学専門学校(35年)に進み,さらに京都帝国大学において田辺元のもとで哲学を修める(41年).日本ルーテル神学専門学校教授を経て日本基督教団・東部神学校の助教授(43年),後に東部神学校の後身,現東京神学大学の教授となり(49年)組織神学を教える.現在同大学名誉教授.戦後の日本基督教団再編期,自らの属していた日本福音ルーテル教会の教団離脱後も北森は教団にとどまった.そして日本基督教団の内部における会派問題の対処,信仰告白制定などに貢献した.<復> 『神の痛みの神学』は終戦直後の出版であるが,「神の痛み」という概念はすでに神学生時代,著者の神学思想の中に芽生えており,エレミヤ31:20の文語訳「わがはらわた痛む」の句に聖書的典拠を与えられて次第に明確化し,その処女作『十字架の主』(1940)においてその神学の骨格は完成している.第2作『神学と信条』(1943)において「痛む」の意を持つとされるヘブル語「ハーマー」を含むエレミヤ31:20及びイザヤ63:15によって釈義的基礎付けなどをし,第3作の『神の痛みの神学』においてその神学を完結させたと言える.それ以後の「神の痛みの神学」は著者の言葉の通り「同一の主題の変奏」である.日中戦争から太平洋戦争へと深刻化していく歴史の流れの中で形成された神学で時代の刻印を直接間接に帯びているが,それを超える神学内容を提示している.<復> ギリシヤ思想の環境の中で形成された古典的神学において,神は十全至福の存在で神の受苦は不可能であると思考されていた.しかしこの神学は,人間の救済において「神が痛みたもう」という神御自身の状態を中心内容とするものである.それは,喜び,怒り,悔い,当惑さえされる神を証言する旧新約の神観に呼応するものである.また真の神・真の人であるイエス・キリストの十字架上の苦難と悲痛を救済の中心的出来事として信じる限り,神の苦難に言及せざるを得ない.神の不受苦性を大前提とするギリシヤ思想のただ中にあったオーリゲネースさえ「父その人は不感無覚ではない.人が神に祈れば神は憐れみを覚え,心を痛めたもう.神はその愛のゆえに苦しむのである」と言い,また日本において植村正久も「キリスト教はイエスの十字架に神の心を認むる信仰である.十字架は神の苦痛を意味する」と説いている.神の受苦の可能性は教会史の中で不断の底流であったと言えよう.さて,この神学の独自な主張点は,神の苦痛ないしは「痛み」を神の「本質」と見て,それを救済の使信の中核としたところに求められる.北森は,御子キリストが御父と「同質」であり,かつ御子の十字架が神の最奥の御心の顕現である限り,「神の痛み」は神の「本質」であると同定する.神の最奥の御心こそ,神の本質にほかならないと理解されているからである.<復> 「痛み」における神は,断じて赦すことのできない罪人を自己の痛みにおいて愛し包む神である.「痛みに基礎づけられし愛」が,神の愛の外に脱落した罪人をなお内に包む愛,常に罪人の脱落の外にいわば先回りする愛であるゆえに,この愛はいかなる罪人も背き得ない,いわば不可抗の愛であり,絶対の愛である.また「神の痛み」の福音は,まず「神が痛んでおられる」ゆえに,人間のどのような「痛み」の状況をも,それを御自身の「痛み」の「象徴として奉仕させることにより」包み・いやすものとして,その現実有効性が主張される.<復> 他方「包み得ざるものを包む」という「神の痛み」の形式的構造は,対立し異なる立場をも「包んで」総合する方法論的原理とされる.この方法は他の神学的立場を初め,他宗教(仏教)・他思想(マルクス主義・実存主義など)との対話を可能にし,この神学の接触面の広さを根拠付けている.対立する立場の固有性を生かしつつ,しかも福音の真理へ収斂(しゅうれん)させようとするいわば「総合神学」としての特色も,その理由をここに求めることができる.<復> 早くE・ブルンナーの注意を引き,米神学者C・マイケルソンによって欧米に紹介された(1960年)この神学は,『神の痛みの神学』の英訳(1965),独訳(1972)などにより日本独自の神学形成との関心を呼び,J・モルトマンの言う「神概念の革命」の先駆的貢献をしたと高い評価を受けている.反面,国内においては鋭い批判が少なくない.西田幾太郎・田辺元の京都学派の哲学の影響,形式論理の優勢,主知主義的傾向などが指摘され,現実との緊張・対決の欠如から実践的方向付けがなされ得ないとの批判もある.ただその批判の背景にはバルト神学優勢の中でこの神学がルター神学的立場に立っていることをも考える必要があるだろう.<復> 「神の痛みの神学」は,現代日本のプロテスタント神学の重要な礎石の一つである.「神の痛み」という「福音の新しい発音」によって,救済の事実の背後にある生ける神の人間に対する「激烈な」かかわりについて新たに目を開かせ,神の「痛み」における人間への連帯を直接間接に強調した貢献は,今後さらに綿密な理解のための研究を要請する.ただその際の重要な問題は,特に中心概念である「痛み」が,本来的に否定・克服されるべき状態を言う概念であり,この概念の用法がどのように術語化され定義されようとも,その固有の否定性はぬぐうべくもなく,福音の神学としてはもとより「福音としての神学」(北森)の場合はなおさら,この概念が「よきおとずれ」としての福音の神学を担うことが原理的に可能かどうかが厳密に吟味されねばならないだろう.→痛み.(橋本昭夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社