《じっくり解説》献金とは?

献金とは?

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献金…

神及び神に仕える奉仕者のために,また欠乏を覚えている人々のために,金銭をささげること.<復> 1.旧約聖書に見られる源流.<復> (1) いけにえとその他のささげ物.羊の初子の中から最良のものをささげたアベルの場合のように(創世4:4),旧約聖書の中には,全焼のいけにえ,罪のためのいけにえ,和解のいけにえ,穀物のささげ物,注ぎのささげ物などが,神にささげられている様子が記されている.<復> (2) 十分の一のささげ物.毎年の収穫物の十分の一,土地の十分の一,戦利品の十分の一は,神のもの,あるいは祭司やレビ人のような聖職者のものとして,ささげられるという規定を,神の民は古い時代から守ってきた(参照創世14:20,28:22,申命14:22,ネヘミヤ10:37,マラキ3:8‐10).<復> (3) 貧しい人々への分配.神の民は,やもめ,みなしご,寄留の外国人,旅人への配慮がこまやかであった.またそのようにせよと神から命ぜられていた(参照レビ19:9,10,23:22,申命24:19‐21,ルツ2章,ヨブ31:16‐22).<復> (4) 神の人に対する贈り物あるいは謝礼.預言者,先見者などに,指導を求めたり,祈りを依頼したりした時,感謝のしるしとして金品を携えて行くことが,広く行われていた(参照Ⅰサムエル9:7,8,Ⅰ列王14:3,Ⅱ列王4:42,8:8,9).<復> 2.新約聖書に見られる献金.<復> (1) 献金の背後にある献身.マケドニヤの諸教会は,ささげることに関しても模範的な教会であったが,彼らは献金の前に,「まず自分自身を主にささげ」た(Ⅱコリント8:5).<復> (2) 大胆に,惜しみなくささげる.これらの教会は極度に貧しかったが,救いの喜びにあふれていたため,「自ら進んで,力に応じ,いや力以上に」ささげた(Ⅱコリント8:3).自分の生活費全部(レプタ2枚)を献金箱に投げ入れてしまい,どの金持よりも多くささげたと,イエス・キリストの賞賛をいただいた貧しいやもめの精神も,彼らと同じであった(マルコ12:41‐44,ルカ21:1‐4).このような思い切ったささげ物は,貧しい人たちの「独壇場」ではなかった.土地を持っていたバルナバ(慰めの子)は,それを売り,「その代金を持って来て,使徒たちの足もとに置いた」のである(使徒4:36,37).反対に,「心に未練を持った」ままの寄与(申命15:10),いやいや行うささげ物は,主に喜ばれない(Ⅱコリント9:7).そういう心にサタンが入り,偽善やさばきに至る場合さえある(使徒5:1‐11).<復> (3) 心に決めた通りにささげる.強制されてでなく,自ら進んで行う献金が勧められている(Ⅱコリント9:7).旧約聖書における「十分の一」が,額決定の目安になる.<復> (4) 定期的にささげる.衝動的,突発的にだけささげるというのは不健全である.パウロは,ガラテヤの諸教会にも,コリントの教会にも,聖日ごとの献金を勧めている(Ⅰコリント16:1,2).<復> (5) これらの献金の用途.(a)主イエスとその弟子たちの生活費.誕生直後のイエス・キリストは,両親に携えられて,遠いエジプトに逃れなければならなかったが,その旅費,外国での生活費は,東方の博士たちのあの印象的な献金,献品でまかなわれたことであろう(マタイ2:1‐15).同様に,公生涯に立たれて後の主イエスの生活費,及び自らの職業を捨てて主の弟子となった人々の生計も,多くの信徒たちがささげる自由意志の献金によって支えられた(参照ルカ8:1‐3).主の昇天後の使徒たちも,「福音の働きから生活のささえを得る」(Ⅰコリント9:14),つまり,信者の自由献金によって生計を立てていた.パウロは,原則として,天幕作りにより「自給伝道」をしたのであるが,彼も時には献金によって生活したものと思われる(参照ピリピ4:15‐19,使徒18:3‐5).(b)貧しい人々への愛の贈り物.教会では,その誕生の当初から,大胆な献金が次々と行われたため,「ひとりも乏しい者がなかった」(使徒4:34,35).「多く集めた者も余るところがなく,少し集めた者も足りないところがなかった」と記されているように(Ⅱコリント8:15,出エジプト16:18),愛による平等の精神が働いていたからである.しかし,教会の規模が拡大し,地域も拡張されてくるに従い,例えば,貧しいやもめへの配給,飢饉で苦しむユダヤの諸教会への援助というように,いろいろな所で,愛の贈り物をする必要が生じ,これが聖徒たちの献金でまかなわれたのである(参照使徒6:1‐6,11:27‐30).<復> (6) 献金の取り扱い上の注意.パウロは,これが「公明正大」で,「だれからも非難されることがないように」と心がけた(Ⅱコリント8:20,21).反対に,イスカリオテのユダは,ひそかに献金の一部をくすね,ついには自らの身に滅びを招いてしまった(参照ヨハネ12:6,マタイ27:3‐10).<復> 3.献金の現況.<復> 現代の諸教会において,その教派,教団,教会により,様々な相違も見られようが,おおむね次のような献金がささげられている.<復> (1) 月定献金.週給の国では,週ごとの定期献金になると思われるが,これは,与えられた収入に応じて定期的に,自ら決めた通りをささげる献金である.<復> (2) 礼拝献金.聖日の礼拝ごとにささげる自由献金である.教会によっては,その他の集会においても献金の機会を持つ.<復> (3) 感謝献金.信仰生活を送る上で,特に覚えた神への感謝の心を,形に表してささげる献金である.<復> (4) 特別献金.クリスマス,新年,イースター,ペンテコステ,夏期,収穫期など季節ごとにささげるものや,結婚,誕生,葬儀など特別の機会にささげるものがある.<復> (5) 宣教献金.海外宣教,国内宣教(パラチャーチの働きを含む)のためにささげる献金である.<復> (6) 支援献金.エチオピア,バングラデシュ,フィリピンその他の国々における飢饉やかんばつによる被害に対する援助,その他国内外の支援のためにささげる愛の贈り物である.<復> (7) その他の献金.建築献金,土地献金,オルガン,ピアノ,什器などの購入献金などが挙げられる,献身,奉仕.(岩井 清)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社