《じっくり解説》護教家とは?

護教家とは?

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護教家…

[英語]Apologists,[ドイツ語]Apologeten.護教家とは2世紀に教会外に向かってキリスト教信仰を擁護し,合理的に理解させ,キリスト教徒のための法的資格を求めてキリスト教を弁護した者たちを言う.弁証家とも呼ばれる.おもだった者はクアドラートゥス,アリステイデース,ユスティノス,タティアノス,アテーナゴラース,テオフィルス,ミヌキウス・フェーリクス,そしてテルトゥリアーヌスである.彼らはキリスト教が知識階級に受け入れられ始めた頃,またローマ帝国と生存権を賭けた戦いをしている頃のキリスト教弁証家である.<復> 護教家はキリストの教えを公平に,偏見なく知ってもらうこと,キリスト教に対する中傷をやめさせ誤解を解くことを目的として活躍し,キリスト教信仰とその実際を紹介することに努めた.彼らが直面した問題は異教哲学とユダヤ教であった.それらに対してキリスト教を弁証し,また旧約聖書の預言がキリストにおいて成就したことを論証した.こうしてローマ皇帝と大衆に対して,キリスト教は政治的に何ら害を与えるものではないこと,また道徳的にも文化的にもギリシヤやローマの宗教にはるかにまさることを弁証したのである.<復> ギリシヤ・ローマの宗教思想家たちはキリストの人格を理解することができなかった.そこで護教家たちはロゴス概念がプラトン主義とキリスト教に共通していることに着目し,これを両者の接触点として用いた.<復> 護教家たちは神の超越性を信じ,神は創造されたものではなく永遠,不変,無限,不可視の存在であり,すべてのものを創造し,被造物を支配している方であることを論証した.そして異教の不道徳性と不合理性を暴露し,キリストの肉体の復活の真理を擁護した.彼らの神学には相違があるが,おもなものを紹介しておこう.<復> アリステイデースによると,神は人間のためにすべてのものを創造した「第1の原動力」である.イエス・キリストは神の子であり,また神御自身であり,処女を通して受肉し,死に,復活した方である.12使徒は全世界にこのイエスを宣べ伝えた.またクリスチャンは死後のさばきを知っているので,現世において模範的な生活をしている,と言ってキリスト教を弁護した.<復> ユスティノスは,165年頃の死に至るまでキリスト者としてのあかしを続けたことで「殉教者ユスティノス」と呼ばれている.彼はサマリヤのフラウィア・ネアポリス(旧シェケム)に住む異教徒の両親から生れ,熱心な哲学徒であってギリシヤとローマの哲学に通じていた.このような背景からキリスト者になった後の彼の中心的な主張は,キリスト教の中にこそ最も古くて真実な哲学があり,最高の真理があるということであった.キリスト者は調査もされないまま,単にキリスト者という名だけで罰せられるべきではなく,罰のためには明確な罪状が指摘されなければならない.また,キリスト者は無神論者だと非難されるが,異教で礼拝されているものを悪霊と見なすから,それらを礼拝しないのである.しかし,真の神には礼拝をささげているのだから,無神論者という非難は当っていないと反論した.<復> ユスティノスがキリスト教を哲学の中の最高の真理とするのは,キリスト教が旧約の預言者たちにより,また神のロゴスによって教えられているからである.このロゴスは,ギリシヤの哲学者たちもアブラハム,イサク等のギリシヤ人以外の者たちも教えた.この神のロゴスはキリストの中に最も明らかに受肉しているのであるから,キリストこそロゴスであって神の完全な啓示者である.ロゴスはギリシヤの哲学者たちを霊感し,今日においてはロゴスの種子(Logos spermatikos)としてすべての人の中に存在する.キリストを通して,最高の哲学者たちは創造,三位一体,最後の審判などのキリスト教真理を把握することができる.こういうわけで,キリスト以前でもロゴスに従って生きた者はすべてクリスチャンであった,と彼は考える.そして,旧約における神の顕現で啓示されたのはロゴスであるとする.なぜなら超越神は旧約に啓示されているようには人間に語りかけることができないからである.<復> ユスティノスは三位一体の形式を用いて神を説明するが,キリストについては従属説をとる.また彼は御子と御父の関係を太陽光線と太陽になぞらえる.ロゴスと御霊の関係では時々混乱が見受けられる.キリストは私たちを救い,いやし,教え,十字架の神秘を通して悪魔に勝利するために受肉した.一方,悪魔は人間を奴隷にし,また欺くことを仕事とする.彼らはキリストに関する旧約の預言を見て,詩人たちを霊感しギリシヤの神々についても同じようなことを言わせたのである.さらに義人を迫害するよう人々を常にそそのかしている,と考えた.<復> 彼は旧約の釈義を重視して,モーセ律法は廃棄されたこと,クリスチャンこそは真のイスラエルであることを主張し,旧約と新約が連続していると同様にギリシヤ哲学とキリスト教も連続していると強調した.キリストこそはギリシヤ哲学の部分的な知識を完成した方であり,イスラエル史の完成者であると考えた.<復> ロゴスを神に従属する神の子,神の代理者であると強調し,神とロゴスを同一視する一方,イエスの地上の生涯はほとんど強調しないので,ユスティノスは実際上史的イエスを犠牲にしている.それゆえ,彼の神学の中にパウロやヨハネやイグナティオスに見出されるような深い宗教性を認めることは難しい.しかしながら,彼はキリスト教思想とこの世の哲学思想との結合を意図したのであり,他の宗教思想に対して寛容であるならば,それと同じようにキリスト教にも寛容であることを帝国側に求めたのである.従って,彼の弁証的な著作には,キリスト教と異教の思想との間に類似点があることを示そうという意図があることを汲み取る必要がある.→キリスト論,キリスト論論争,三位一体・三位一体論争,弁証学,テルトゥリアーヌス.<復>〔参考文献〕W・ウォーカー『古代教会』(キリスト教史1)ヨルダン社,1984 ; Ferguson, S. B./Wright, D. F.(eds.), Packer, J. I. (consulting ed.), New Dictionary of Theology, IVP, 1988.(泥谷逸郎)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社