《5分で分かる》油注ぎとは?

油注ぎとは?

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油注ぎ…

1.油の用法.<復> 油(主としてオリーブ油を指す)の用法としては,(1)日常的な用法,(2)医学的な用法,(3)聖なることのための用法がある.(1)の例としては,灯火用(出エジプト25:6),食用(Ⅰ列王17:12‐16,Ⅰ歴代12:40),化粧用(詩篇23:5),(2)の例としては,医薬用(イザヤ1:6),(3)の例としては,神に選ばれた人の任職や,神への礼拝に用いる器具の聖別のための注油用がある.<復> 2.任職及び聖別としての油注ぎ.<復> 油注ぎには,聖さとか神への聖別という意味がある.<復> (1) 王の任職—サウル(Ⅰサムエル10:1),ダビデ(Ⅰサムエル16:13,Ⅱサムエル2:4,5:3),ソロモン(Ⅰ列王1:39),エフー(Ⅱ列王9:6),ヨアシュ(Ⅱ列王11:12).<復> (2) 祭司の任職—アロンとその子ら(出エジプト28:41,29:7,30:30,40:13,レビ8:12).<復> (3) 預言者の任職—エリシャ(Ⅰ列王19:16).<復> (4) 祭壇などの聖別—幕屋(出エジプト30:26,40:9),祭壇(出エジプト29:36,40:10),洗盤その他の器具(出エジプト40:11).<復> 以上の例に見られるように,それぞれ神のための奉仕に任職される場合も,器物が用いられる場合も,それに先立って油注ぎがなされ,主に対して聖別され,主にささげられている.<復> 3.油注ぎの重要性.<復> 油注ぎ用の油は特別の調合法に従って作られる(出エジプト30:23‐25).これに似たものを作ることは禁止され(同30:32),それに違反した者は民から断ち切られる(同30:33).こうしたことからも,油注ぎの重要性がうかがわれる.<復> 4.油注ぎの意味.<復> (1)神の愛顧(詩篇23:5,92:10),(2)奉仕への備え(Ⅰサムエル16:13,イザヤ61:1).これらの場合,神の御霊の注ぎと関係して用いられている.<復> 5.メシヤ=油注がれた者.<復> 油注がれた王,祭司,預言者は,確かに主によって選ばれ,主に対する奉仕をした.しかし,彼ら自身は不完全な者であり,失敗もあり,完全に主の御心を実現したわけではなかった.このような中で,神は真の王にして祭司,また預言者なるメシヤ=油注がれた者を送られ,この方によって神の御計画をすべて完全に実現されたのである.旧約聖書はまさにこのメシヤ=油注がれた者の来臨を預言し,新約聖書はこのメシヤが来られたことを伝えている.旧約聖書には,メシヤ=油注がれた者への言及が何箇所か見られるが,その代表的な例は詩篇2:1‐6である.国々の王たちは主と主に油注がれた者とに逆らうが,主はその者どもをあざけり,主の御心にかなう王なるメシヤを立てられる.もう一つの代表的な例は,ダニエル9:25,26である.ここではメシヤ=油注がれた者が「断たれる」ことが記されている.このように,旧約聖書における油注がれた者の預言には,支配者としての姿と受難者としての姿の両面がある.<復> 旧約聖書におけるこのメシヤ=油注がれた者の預言は,主イエス・キリストにおいて実現した.主はイザヤ61章から引用して,「わたしの上に主の御霊がおられる.主が…わたしに油を注がれたのだから」と言われ,「きょう,聖書のこのみことばが…実現しました」と宣言された(ルカ4:18,21).つまり,真のメシヤは聖霊を注がれた者であることをあかしされたのである.パウロは,聖書に基づいて「キリストは苦しみを受け,死者の中からよみがえらなければならない」「私があなたがたに伝えているこのイエスこそ,キリストなのです」と論証した(使徒17:3).<復> 6.油注がれた者に対する態度—ダビデに見る信仰の姿勢.<復> ダビデは自分自身が油注がれた者であり,主の霊を受けた者であった.またサウルに代って王として立てられるべき器であった.彼がサウルに追われていた時,サウルのいのちを奪うチャンスが与えられた.しかし,その時ダビデは,「私が…主に油注がれた方,私の主君に対して…手を下すなど,主の前に絶対にできないことだ」(Ⅰサムエル24:6)と言って,サウルに手を下すことをしなかった.またサウルを殺したと言って報酬を期待して来た者に対して,「主に油そそがれた方に,手を下して殺すのを恐れなかったとは,どうしたことか」(Ⅱサムエル1:14)と言って彼を打ち殺させた.またダビデがアブシャロムに背かれてエルサレムから逃れる際,サウル家の一族の一人が彼をのろった時,「彼にのろわせなさい.主が彼に命じられたのだから.たぶん,主は私の心をご覧になり,主は,きょうの彼ののろいに代えて,私にしあわせを報いてくださるだろう」(Ⅱサムエル16:11,12)と語った.事実,主はダビデに王位を回復された.私たちも,メシヤ=油注がれたキリスト・イエスを受け入れ,この方に従い,そしてこの方をあがめつつ,信仰の生涯を送ることが求められている.また,自分自身が聖霊を注がれた者であるが,ダビデのように謙遜に歩むべきである.→キリストの称号,祭司・大祭司,預言・預言者,王,聖別,聖霊・聖霊論.<復>〔参考文献〕The International Standard Bible Encyclopaedia, Eerdmans ; The New Bible Dictionary, IVF, Tyndale, 1962 ; The Zondervan Pictorial Bible Dictionary, Zondervan, 1967.(坂野慧吉)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社