《5分で分かる》権威とは?

権威とは?

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権威…

新約聖書で権威と訳出されている[ギリシャ語]エクスーシアの意味は,悪霊を追い出し罪を赦す霊的な力(マルコ6:7,ルカ5:24),全世界を支配する権限(マタイ28:18),国家の統治権(ローマ13:1),生活権(Ⅰコリント9:6)等,幅広いものとして用いられている.つまり,このことばには,霊的・倫理的・社会的・法律的といった,人間の生きる内的・外的領域すべてにおける威力の一切が含まれている.一方,[ギリシャ語]デュナミスは,より実際的な内容を表している(使徒4:7).<復> 旧約聖書で権威と訳出された語には,[ヘブル語]ホード,[ヘブル語]ミシュパートゥ,[アラム語]レブー等がある.民数27:20では[ヘブル語]ホードが神の下における霊的・社会的な支配権能を表し,エゼキエル21:27では[ヘブル語]ミシュパートゥ,ダニエル7:27では[アラム語]レブーがそれぞれ統治権を意味している.<復> 聖書のこれらのことばが語っていることは,真の権威の源はこの世界の創造者である神にのみあり,この世界内に実在する諸権威は,人間に委託されたものである,ということである(マタイ21:23,24).神のみが自存し自律している,完全な至高者であられるからであり,この方にのみ権威は起因している.そして,この神は新約においてイエス・キリストに具現され,十字架による救いの完成を見たのである.<復> 従って,キリストの出来事の証人としての使徒による記録が,霊感された内容をもって残されたものが神のことばとしての聖書であり,それが聖書の権威とされるのである.<復> さらに教会の権威は聖書の権威の下に置かれ,主イエスの救いの完成に基づく福音を聖書に従って正しく伝え,あかしするものとして,聖霊降臨において与えられたものである.教会は,この権威に基づいて教会の信仰を告白し,秩序を維持して信徒の育成を図り教職を任命する,といった教会の使命の遂行に必要な内容を世々にわたって形成してきたのである.<復> キリスト教史においては,教会の断罪権・教職任命権を巡って,その執行権の所在が争われた.ローマ・カトリック教会は,ペテロの後継者として使徒の権威を継承するローマ教皇が,神の代理人としての権能を保持し,その下で具体的な,目に見える教会にのみ神の救いはあると主張した.そのために贖罪の効力の是非や,教職を聖別任命することや秘跡の内容等の一切は,教皇の下での教会の権威に属することとされたのであった.こうしてローマ・カトリック教会においては,キリストの主権がペテロに委任され,ローマ教皇に継承されていると考えるので,その権威において教会の権能が確立されるとともに,教会を治める教職制が形成されてきたのである.<復> このローマ・カトリック教会に対し,真の権威はローマ教皇にあるのではなく,神のことばとしての聖書にあるという主張によって,ルター,カルヴァン,ツヴィングリ等の宗教改革は断行された.宗教改革とは,権威の所存を巡る信仰の闘いであった,とも言える.<復> こうしてプロテスタント教会が誕生する.従ってこの立場においては,真の権威は神のことばすなわち聖書にあるとされる.そこで,「聖書の無謬性」ということが最大の論議の的となり,その真理を保持することが信仰の中核となってくる.<復> 他方,ローマ・カトリック教会ではこうしたプロテスタント教会のあり方に対し,トリエント公会議(1545—63年)で,教会の伝承に聖書と同等の価値を認め,ローマ教皇を中心とする教会が聖書の唯一の正しい解釈者であるとした.また,第1ヴァチカン公会議(1867—70年)において,「教皇無謬説」を打ち出し,真の権威の執行者はローマ教皇である,としたのである.<復> プロテスタント教会は,神のことばである聖書こそが真の権威の所在である,とする.聖書の中心的内容は,主イエスが贖いを完成し,罪と死に打ち勝ったことにより,万物への勝利者となって人間存在の基盤を確立されたこと,そして,そのことにおいて全世界の支配権を神から委託されたと宣言されていること(マタイ28:18),それゆえに,霊的・教会的・社会的に一切の権威を所有しておられることを信じ,告白することである.<復> キリストの支配権能としての王権は,この出来事の証人である使徒たちに宣教の使命とともにゆだねられた.使徒たちは宣教と教会の主であるイエス・キリストをあかししつつ,この地上に教会を建て上げていく.しかも,その教会の背後にあるものは目に見えない普遍的な教会の権威である(Ⅱコリント10:8,13:10).教会は主イエス・キリストの権能の下に,神のことばの権威に基づいて礼拝と宣教の使命に生きる務めを担ったものである.<復> キリスト者は,主イエスへの信仰と服従の下に教会の一肢体として生き,家庭を形成し(Ⅰコリント11:3),良き市民として歩む者(ローマ13:1‐6)とされる.<復> 地上の諸権能が神の権威から逸脱する時に,それはサタン的なものとなる.その時,不義不正と偽りの権威と戦うことがキリスト者の課題とされる.→聖書の権威,教会政治,国家と教会.<復>〔参考文献〕大崎節郎『神の権威と自由』日本基督教団出版局,1982.(斎藤篤美)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社