《5分で分かる》万人祭司とは?

万人祭司とは?

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万人祭司…

ルターが宗教改革三大文書の一つと言われる『ドイツのキリスト者貴族に与える書』で説いた思想で,プロテスタント教会の基本概念とも言えるもの.同書においてルターは,全キリスト教会の堕落の原因はローマ・カトリック教会が自己改革をかたくなに拒み,「三つの城壁」を作り上げて自己を防御してきたことにあるとする.「三つの城壁」とは,〈教会の力は世俗的権力に勝る〉〈教皇のみが正しい聖書解釈をなし得る〉〈教皇は公会議の上に立つ〉というローマ教会の主張であって,ルターはそのいずれもが〈キリスト教社会は霊的階級と世俗的階級に分れ,前者は後者よりも優れたものであって,後者による束縛を何ら受けるものではない〉という根本的に誤った思想に結局は起因すると説く.そして彼がこれに対するアンチテーゼとして出したのが〈すべて洗礼を受けたキリスト者は一人一人が祭司である〉という万人祭司の思想であった.「平信徒,司祭,諸侯,司教,ないし彼らの言ういわゆる『霊的なもの』と『世俗的なもの』とは,その職務あるいはわざに関する以外の他の差別を,なんら根本において実際もっていないし,また身分に関する差別ももっていない.なぜなら,彼らはすべて霊的階級に属する真の司祭であり,司教であり,また教皇だからである」とルターは説いて,中世的な聖職者階級と俗界との区別を取り払い,そのことにより教会改革の主導権を教皇にではなく世俗的諸侯にゆだねるための神学的基盤を明らかにしたのである.それは,キリスト者は信仰において神の前に義と認められ一人一人が神との直接的な関係に生きる者であるという,彼の宗教改革的神学から当然導き出されるものであった.万人祭司の思想に裏付けされた宗教改革において,聖職者と信徒とを隔てる垣根が取り壊され,制度ではなく信徒の共同体としての教会概念が打ち立てられ,すべてのキリスト者がそれぞれの立場で宣教と牧会のわざに励むべきであるというプロテスタント的教会観が具現化されるに至ったのである.<復> しかしながら,ルターの万人祭司論は,いわゆる教職論との絡み合いにおいて,いろいろと論議の対象になってきた.というのも,ルターが終始一貫して万人祭司的に,教職者をあくまでも職務上立てられた会衆の代表者と見ているのかと言えば,決してそうではないからである.大まかに言って,宗教改革初期には,万人祭司を前面に押し出した形で,必要な場合には誰でも「洗礼を授け,ミサを献げ,罪のゆるしを宣言し,説教する」ことができるとさえ説いているのであるが,後期のルターは,教職はキリスト御自身によって制定された特殊な職務であり,教職者はその意味で一般信徒とは原理的に区別された特別な人であることを強調するに至っている.初期のルターには万人祭司を少なくとも理論上は教会形成的原理と見なしていた節があって,教会の改革に当っての指導的役割を一般信徒にもかなり期待していた様子がうかがえる.けれどもその後農民戦争などを経て,教会形成的原理として万人祭司が機能するためには途方もない教育的訓練と意識の変革が民衆に要求されることを悟ったためであろうか,彼の信徒理解は保守的な色合いを強めるに至り,万人祭司を教会形成的原理とはせずに,すべてのキリスト者は祭司(sacerdotes)であるが,按手を受けた牧師だけが教職者(ministri)であるとして,教職と信徒とをはっきり区別している.その場合,後期ルターにとっての万人祭司論の実質は結局何なのかという疑問がおのずと生じてこよう.<復> プロテスタント教会は,ルターの万人祭司のこのあいまいさを内包したまま今日に至っている.一方において,プロテスタントの信徒主義的あるいは信徒運動的側面は,ルターにおいてある意味では不徹底に終った万人祭司を貫徹しようとする意志に動かされたものと言える.なぜならそれは,教職は極言すれば「疑似的」「暫定的」なものであって,自覚的信徒の共同体性こそ教会の本質であるとの視点に立つものだからである.そこにおいては万人祭司即教会形成原理なのである.しかし,既存の教会へのアンチテーゼとしての信徒運動ならともかく,果して実際の教会形成がどこまで万人祭司的になされ得るのかということになると,疑問は多々残る.他方これに反して,制度としての教職者制を依然固持しているプロテスタント主流は,プロテスタントはその精神においては確かに万人祭司でなければならないが,現実の教会形成は教職の固有性・特殊性の認識に基づいてこそ可能であるとしつつ,その歩みを進めてきた.そこには,教職者制はとりもなおさず教会の新たな「城壁」ではないのかという問題と,もしそうであるならそれはルター的プロテスタント神学の基本概念と矛盾しはしないのかという問題が常に潜んでいる.万人祭司は,この意味で,見方によってはプロテスタント教会で最も誤用されてきたかあるいは最も無視されてきた思想であると言えよう.それを単なる理念に終らせることなく正しく展開させるためには教会はどうあるべきか,われわれは今なおこの問の前に立っている.→信徒運動,教会政治,職制,カトリックの職制,教会・教会論.<復>〔参考文献〕H・クレーマー『信徒の神学』(現代神学双書2)新教出版社,1960.(角川周治郎)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社