《5分で分かる》有神論とは?

有神論とは?

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有神論…

[英語]Theism.広義には,神の実在を肯定する立場一般,特に西欧キリスト教世界では,唯一神の実在を肯定する立場を指す.有神論という概念は哲学・思想の歴史とともに古くから存在するが,この用語そのものは比較的新しく,伝統的なキリスト教の神観念に敵対して成立した理神論の神観念に対するキリスト教側の危機意識から生れたものである.<復> 哲学的・神学的な意味における有神論は,神の存在や神の認識を否定する立場の対極に位置している.このような意味での有神論は,神の実在を否定する様々の型の無神論,感覚的認識を超越した不可見的な形而上学的実在を一切認めない様々の型の自然主義と正反対の立場にある.また理論的にも実践的にも実在の究極の根拠である神の存在を認識できないと主張し,そこからあらゆる帰結を引き出す不可知論とも対立する.<復> しかし有神論は,さらに狭義には,神の啓示の書としての聖書の中に記されている神の存在とその本質を肯定する立場を指す.キリスト教的有神論はその本質においてキリスト教の神とは異なる様々の神を主張する立場に相対立する.<復> 有神論は複数の神々の存在を肯定する多神論と対比される.世界の既成宗教の大多数は多神論的である.キリスト教が成立した時代の周辺世界の宗教も多神論的であった.ギリシヤ・ローマの宗教の神々は自然の諸力や様々の生命が擬人化されたものであり,神々の性質の中には,人間の弱さや不道徳が刻印されている.神々も原初的な存在から誕生したものであり,運命の大きな力に従属しなければならない.多神論における神の有限性と有神論における神の無限性とは著しい対照をなしている.<復> 単一神論は多くの神々の存在を認めるが,特定の部族,民族,また文化圏にとっての唯一の神を最高神として尊崇の対象とする立場である.複数の神々の実在を否定しない単一神論は,キリスト教的有神論とは相異なるものである.<復> 唯一神を否定しなくても,その神観がキリスト教的有神論と対立する神観が存在する.<復> 様々の型の汎神論は神と自然を峻別せず,神を自然と同一視するか,自然を神の一部分とすることによって,自然や人間を神的存在にまで高める.汎神論は有神論と無神論との中間的立場と見なすことができる.あるいは万物が神化する可能性を持つという前提は,真の意味では何ものも神ではないという主張を含意していると考えるならば,汎神論は擬装された無神論と見なすこともできる.汎神論における神の内在的規定は,世界に対する神の超越性を強調する聖書的有神論と明白に矛盾する.また神が自然や物質的世界に内在すると主張する汎神論においては,必然的に神の人格性が否定されるようになる.<復> 神をこの世界に意味や統一を与える究極の原理と見なす哲学的神観においても,神の本質が抽象的に規定され,人格性が否定されている.このような神は,弁証法という論理的運動を通して有限な存在の中に顕現する絶対者・無限者というヘーゲル哲学における神概念においても,また存在の根底,存在そのものというティリヒの組織神学の神概念においても見出される.<復> 理神論は神の超越性を承認しても,世界に対する神の内在的介入は否定する.理神論においては,神は世界の創造の第1原因であるが,世界を創造した後,世界とは一切関係を持たず,世界に対して超然としているという意味で世界に対して超越的な存在としてとらえられている.聖書的有神論に従えば,神はその本質からして,人格的存在であり,また人間とのかかわりにおいて人格的存在である.理神論における神は,人間との人格的関係を一切欠いているがゆえに,非人格的な存在にならざるを得ない.理神論は聖書の権威を否定する.神が人格的存在でなければ,神が神自身と人間と世界に関する真理を啓示することができないからである.<復> 唯一の超越的な神,超越的存在であることを放棄せずに,人間や世界とかかわりを持つために,この世界に内在する自由を保持する人格的な神が,キリスト教的有神論の神である.このような神の本質はユダヤ教,キリスト教,イスラム教が共有しているものである.それゆえに,ユダヤ教,キリスト教,イスラム教はそれ以外の宗教から区別されて,有神論的宗教と呼ばれている.ユダヤ教やイスラム教とは異なるキリスト教的有神論の特質はイエス・キリストの人格とわざを通して神の唯一性,超越性,人格性の内実をさらに具体的に規定することによって明確にすることができる.神の御子イエス・キリストの十字架という神の定めた救いの方法以外に人間にとっての救いの道は存在しないという事実以上に,神の唯一性を示すものはない.神の超越性は,神がその主権的自由によって,人間の側ではどうすることもできない,罪によって破壊された創造の秩序をイエス・キリストの福音によって再び確立したという事実によって確認される.神の人格性は,神の御子がその神性を保持しつつも,人間の姿をとるほど人間と一体化し,そのことによって人間を愛し,人間との永遠の交わりを確証し,またそのことを人間に啓示されたという事実によって明示されている.→神(かみ)論,無神論,理神論,汎神論.(多井一雄)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社