《5分で分かる》仲介者とは?

仲介者とは?

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仲介者…

「神は唯一です.また,神と人との間の仲介者([ギリシャ語]メシテース)も唯一であって,それは人としてのキリスト・イエスです」(Ⅰテモテ2:5).この仲介者という語は,ヘブル人への手紙に3回出てくる(8:6,9:15,12:24)が,いずれも「新しい契約の仲介者」としてのイエス・キリストを指している.しかし,新約におけるもう一つの用法として,旧約の預言者モーセの果した役割ゆえに,この語が当てられている(ガラテヤ3:19,20).<復> 元来メシテースは,両方の側から信頼される中立者,平和の交渉を行う者を意味する.この語が旧約(70人訳聖書)において登場するのは,ヨブ9:33(新改訳の訳語は「仲裁者」)だけである.わずか一例とはいえ,苦難の中でヨブが渇望する救いが,仲裁者・メシテースとして描かれたことは特筆に値する.<復> ヘブル語におけるイーシュ・ハ・ベーナイム(間に立つ人)の場合は,例えばイスラエルに挑んだペリシテの戦士ゴリヤテのような人物を指すこともある.つまり,緊張関係を解除するための武力による交渉者の意味を持つ.<復> 旧約では,メシテースの役割を担ったのは,ガラテヤ人への手紙も語る通り,モーセである.彼は旧約全体を通じても独特の地位を占める.「わたしのことばを聞け.もし,あなたがたのひとりが預言者であるなら,主であるわたしは,幻の中でその者にわたしを知らせ,夢の中でその者に語る.しかしわたしのしもべモーセとはそうではない.彼はわたしの全家を通じて忠実な者である.彼とは,わたしは口と口とで語り,明らかに語って,なぞで話すことはしない.彼はまた,主の姿を仰ぎ見ている」(民数12:6‐8).<復> 後に,神と人との間の仲介者的役割は,祭司に,預言者に,時としては王にと分化していくのであるが,モーセは少なくとも祭司と預言者との双方を兼ねた大きな器であった.モーセの果した祭司的行為の一例は,出エジプト32:32でイスラエルの罪を神の前にとりなしたこと,預言者的行為の一例は,出エジプト19:25‐23章に及ぶ律法賦与に際し,神の側から民に臨んだことが挙げられよう.<復> モーセの後,祭司の役割はアロンとその子孫に(レビ9:7等),預言者の役割は制度的に(と言ってよいだろう),サムエルらによって担われていく(Ⅰサムエル19:20等).時代を経るにつれ,職業的祭司や預言者が堕落した時,しばしば意表をつくかたちで神の人が立ち上がり,神と人との間に立った.<復> 新約に入っても,若干の様相の違いはあるが,国の危機的状況の中で,そのはざまで祈る神の人の姿は共通する.使徒パウロのとりなしなどが最も顕著と言えるだろう(ローマ9:1‐5など各教会あての手紙に見るパウロの神へのとりなしの姿).今や私たちキリスト者すべてが,神と人との間に立ってこの時代のとりなしをするべく召されていると言えよう.<復> とは言え,冒頭に聖句を挙げたごとく,仲介者のゴールはイエス・キリストにある.旧・新約のいかなる偉大な人物をもってきても,あるいは私たちの仲介の務めがいかに重大であるかを述べてみても,イエス・キリストこそ真の仲介者であるという一事の前には,一切が光を失ってしまう.<復> 皮相的に読むと,例えばルカ18:9‐14や,同じく15:11‐32で,神と人との間に何の仲介者も不要であるかのように見える.しかし,マルコ2:1‐12,ルカ7:36‐50などにおけるイエス御自身の権威,またヨハネ14:6,マルコ10:45等は,イエス御自身の唯一の仲介者性を明確に語る.このイエス・キリストを仲介としてのみ,神と人とは和解することができる(エペソ2:14‐18,ヘブル4:14‐16等).<復> 聖書では上述のごとく,特に今日的時点ではあまりにも自明である主イエスの仲介者であることも,教会の歴史において必ずしも当初から宣明されてはいない.イエス・キリストの「主」であること,「神の子」「救い主」であることは早く確立されたのに,仲介者キリストは16世紀の宗教改革者たちによって明らかにされていった.<復> 宗教改革以前中世においては,そして今日でもローマ・カトリック教会においては,マリヤを頂点とする仲介的機能が数限りなく設けられてきた.神の母(エペソ総会議,431年)と呼んでマリヤを敬慕すること,また諸聖人の功績をたたえるあまりに異教徒への教化にそれらを用いることなど,その神学と長い慣習に根差すために,この点でのプロテスタントとの相違は厚い壁として存在する.しかし,旧約時代に禁じられた口寄せ,霊媒などと等しく,唯一のまことの霊なる神との間に,主イエス・キリスト以外の仲介者を設けることははなはだしい罪である.→とりなし,和解,キリストの職務.<復>〔参考文献〕『キリスト教大事典』教文館,1963;『信條集』後篇,新教出版社,1957;Kittel, G./Friedman, R., Theological Dictionary of the New Testament, Eerdmans, 1976.(下川友也)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社