半ペラギウス主義とは?
半ペラギウス主義…
[英語]Semi‐Pelagianism.4世紀から5世紀前半にかけて,救済の働きにおける神の恩恵と人間の自由の関係を巡っての論争,あるいは,一般に人間論論争と呼ばれる,人間の本性を巡っての論争において,ペラギウスとアウグスティーヌスの主張をいずれも極端にすぎるとして退け,折衷的,中間的立場を主張したものを言う.半ペラギウス主義という呼称は,16世紀になってルーテル教会の和協信条(1577年)で初めて用いられたもので,アウグスティーヌス自身はこれを「新しいペラギウス主義的異端者」と呼んでいる.<復> ペラギウス主義は431年のエペソ総会議で最終的に定罪されたが,だからといってアウグスティヌス主義のすべてが受容されたわけではなかった.アフリカのウザラ司教区の海浜の町ハドルメートゥムの修道院の修道者たちは,アウグスティーヌスから教皇シクストゥス3世にあてて送られた書簡を読み,アウグスティーヌスの思想が,人間の意志の自由と道徳的責任性を破壊するものであるとした.こうした批判に対して,彼は「恩恵と自由意志」「譴責と恩恵」を書いて,いわゆる半ペラギウス主義の立場に反対し,先行恩恵(gratia praeveniens)による意志の準備の必要を強調した.5世紀にヨアネス・カッシアーヌス,アルルのヒラリウス,レラーンスのヴィンケンティウス,リエのファウストゥスに指導された南ゴール地方の修道士たちが論争に加わり,激しさを増し加えた.彼らは,アウグスティーヌスの罪と恩恵の教理の幾つかの点を批判した.人間意志の完全隷属,恩恵の先行性・不可抗性,徹底した予定論には特に強く反対した.罪を深刻に問題とする点はアウグスティーヌスに同意したが,その予定論については,伝統的考え方と矛盾する新奇な教えであり,人間の努力を無意味なものにしてしまう危険な思想であるとした.カッシアーヌスは,病はアダムの罪によって継承されるが,自由意志は決して完全に損なわれることはなかったと言い,救いに神の恩恵は不可欠であるが,それは必ずしも,自由な人間の選択に先行しなければならない性質のものではないと述べた.なぜなら,人間の意志は弱いものであるとはいえ,神に向かう主導権を担い得るからである.換言すれば,神の恩恵と人間の自由意志とは,救いにおいて共に働くものなのである.アウグスティーヌスの予定論に反対して,彼は神の救済の普遍性の教理を強調し,予定は単に予知にすぎないと主張した.アウグスティーヌスの死後,論争はさらに激しさを加えた.アクィタニアのプロスペルスが先頭に立ち,ゴールの修道士レラーンスのヴィンケンティウスに対して,彼がアウグスティーヌスの堅忍と予定の教理を曲解し,救いに選ばれた者が全く罪を犯し得ないかのごとく解釈していることに強く反駁した.プロスペルスはアウグスティーヌスに代って,問題をローマ教皇に提訴した.教皇ケレスティーヌス1世は,アウグスティーヌスを賞賛しながらも,その恩恵と予定の教えに対して特別の公認を与えることはしなかった.それゆえ反ペラギウス主義は,リエのファウストゥスを唱道者として,ゴール地方に広がり続けることになった.ファウストゥスは,ペラギウス主義を異端として退けた.代りに,生来の能力を,救いに到達するにはそれだけでは十分ではないと教えた.人間の自由意志は,完全に消滅したわけではなく,弱められているのである.だから恩恵の助けなしには救いに役立たないと教えた.ファウストゥスは,予定における神の力の単独的な働きを退け,人間の意志は残存している自由によって,神に向かう最初の第1歩を踏み出すことができると言う.それゆえ,救いは,神的要因と人間的要因との協同によって全うされるものである.また予定は,人間が自由に決断することを神が予知しておられるということにすぎなかった.ファウストゥスにとって,恩恵は,人間の意志に対する神的啓明を意味するものであり,アウグスティーヌスが信じ強調したような,人間の心に作用する再生力というものではなかったのである.<復> 半ペラギウス主義を巡る論争は,6世紀まで続けられた.529年,アルルの司教カエサリウスがオランジュの会議を招集し,アウグスティーヌスの恩恵論の立場を支持し,永年続いていた半ペラギウス主義の問題に決着をつけ,大司教として広く尊敬された.しかし,この会議で,アウグスティヌス主義が全般的に受け入れられたわけではなかった.特に,予定された者の中に不可抗的に作用する神の恩恵の理念は受け入れられなかった.この会議の決定は531年,ローマ教皇ボニファーティウス2世によって公認された.半ペラギウス主義はその後下降線をたどったが,神の恩恵に対する人間意志の優先性の主張は,その後,繰り返し歴史に登場している.→ペラギウス主義,予知・予定論,恵み.<復>〔参考文献〕『アウグスティヌス著作集10—ペラギウス派駁論集2』教文館,1985;L・ベルコフ『キリスト教教理史』日本基督教団出版局,1989;O・W・ハイック『キリスト教思想史』聖文舎,1969.(橋本龍三)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社