《5分で分かる》主の使いとは?

主の使いとは?

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主の使い…

1.用語.<復> 「使い」と訳されているのは,旧約聖書では,「送る」という意味を語根に持つヘブル語であり,一般に「メッセージを携え送られた者」と理解されている「マルアーク」である.70人訳(旧約聖書のギリシヤ語訳)では,英語の「エンゼル」に通じるギリシヤ語「アンゲロス」が適用されていて,「天使」とも理解され得る(創世16:7,22:11等).新約聖書では一般的に「天使」と訳されるギリシヤ語「アンゲロス」が用いられているのは当然である(マタイ1:20,2:13等).<復> 2.旧約聖書における主の使い.<復> 用語としては同じであっても,文脈上,数種の指示内容を持っている.それらのうちおもなものは次の通りである.<復> (1) 神のメッセンジャーとしての天使を指し,神御自身ではないけれども,神御自身の啓示表現とも考えられる表示である(創世16:7,22:11,24:40,Ⅱサムエル24:16等).<復> (2) 神のメッセンジャーとしての預言者を指し,「神の代言者」という意味では,ほとんど「預言者」と同義語的である(Ⅱ歴代36:15,16,イザヤ42:19,44:26,ハガイ1:13等).さらに,同じような取り扱いで祭司を指す場合もある(マラキ2:7,伝道者5:6).<復> (3) 神に仕える超自然性を持った霊的被造物を指し,天使と同義語的な存在と考え得る(出エジプト23:20,イザヤ63:9).天使的存在で超人的な力ある象徴的生きものとしては,ケルビムやセラフィム(→『新聖書・キリスト教辞典』「ケルビム」「セラフィム」の項,いのちのことば社)も旧約聖書には言及されている(創世3:24,出エジプト25:18‐22,エゼキエル10:14‐22,41:18‐20,イザヤ6:2,6).<復> 3.新約聖書における主の使い.<復> 用語としては,[ギリシャ語]アンゲロス・キュリウー(主の使い)または[ギリシャ語]アンゲロス(御使い)で表示されていて(マタイ1:20,24,2:13,19,ルカ1:11,13,18,19等),最も一般的には被造物としての天使を意味する.その役職的機能は神の啓示の伝達者/メッセンジャーと考えられ,その点は旧約聖書における主の使いの場合とほとんど同じである(マタイ1:20,24,2:13,使徒10:3,7,ガラテヤ4:14).それゆえ表現としては「神の使い」または「御使い」との理解が可能である.しかし,それはあくまでも神御自身ではなく,被造物としての存在である.さらに,イエスに仕え,イエスの働きを強める役割を果す神よりの使者のような存在としても理解されている(ルカ22:43,黙示録1:1,2:1,8,22:1,16等).換言すれば,イエスの啓示の使者と言い得る.また神秘的な存在でありつつ神のみわざの進展に協力する使者でもある(使徒5:19,ヨハネ5:4欄外注).<復> 4.主の使いの今日的理解と神秘的天使論.<復> 「主の使い」という表現が「主の使者」という表現で提示されるならば,「主」が,キリストを指すか,あるいは神御自身を指すかのいずれにせよ,「メッセンジャー」という意味を今日的には与える.伝道者,牧師は,まさに「主によって遣わされた使者」であり,「主のメッセンジャー」なのである.使用されているギリシヤ語は異なっているが([ギリシャ語]プレスビューオー),「私たちはキリストの使節なのです」(Ⅱコリント5:20)とか,「私は鎖につながれて,福音のために大使の役を果たしています」(エペソ6:20)と使徒パウロが言う場合,その意味するところはほとんど「メッセンジャー」と同じような理解であると考えられる.旧約聖書においても,「見よ.わたしは,わたしの使者([ヘブル語]マルアーク)を遣わす」(マラキ3:1)と告げられている場合などは,やはり同じ意味である.それゆえ,主イエス・キリストの福音宣教のために遣わされた者を指すと言い得る.さらに,それは聖職者のみならず,今日の宣教学的視点からするならば,「主キリスト・イエスの証人」という意味でもあり,すべてのクリスチャンを指すとの積極的な理解が可能である.<復> 既述のように,超自然性を持った霊的被造物と考えられる生きものは,自由意志を持つ存在とも考えられ,あるものは堕落したとの理解がある(Ⅱペテロ2:4).そのことが天使論を巡る諸説を生み出した.「御使いのかしら」という表現は,新約聖書に見られるけれども(Ⅰテサロニケ4:16,ユダ9節),そのような聖書の言及を越えて,神秘的な想像や,仮定を加えて組織的に天使論を展開することは危険である.諸宗教においても天使論は様々な神秘性と人為的想像または想定が加えられて存在してきた.キリスト教会においても,天使礼拝などの異端的教理を生む危険性を,過去において体験したことを,心にとどめておくべきである.さらに,現在では,霊媒的要素を持つオカルト的新宗教の異端にも注意する必要がある.→万軍・天の万軍,預言・預言者.(服部嘉明)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社