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《5分で分かる》アウグスブルク信仰告白とは?

アウグスブルク信仰告白とは?

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アウグスブルク信仰告白…

メランヒトンによって起草されたルター派教会の基本的信仰告白.1530年のアウグスブルク帝国議会に提出された.宗教改革の教会による公的な信仰告白としては最初のものである. 神聖ローマ帝国皇帝カール5世は,トルコ侵入の脅威に備えて帝国の統一を図ろうとし,1530年に国会をアウグスブルクに招集した.彼は,何よりも宗教改革の結果亀裂の生じていた帝国の宗教的基盤を再び確固としたものにすべく,宗教改革の側に立つ諸侯の言い分を一応公の場で取り上げることによって,ドイツのカトリック教徒とルター派との調停を試みようとした.ただし,皇帝自身はカトリック教徒であり,最初から教皇側に立って宗教改革の教会を白眼視していたため,彼の本意はむしろ国会の力を借りてルター派を一掃することにあったと言える.ともかく皇帝は,ローマ・カトリック教会及びルター派のどちらにも納得のいくような信仰箇条文を提出するよう,宗教改革の拠点ヴィッテンベルクに呼びかけた.ザクセン選帝侯ヨーハン1世は,プロテスタントの信仰的立場を明らかにする文書の準備を同年3月ルターら4人の神学者に命じた.その前年すでに,ルター派の基本的教理の表明として,福音主義諸侯の一致はまず信仰上の一致に基づかねばならないというルターの主張により「シュヴァーバッハ条項」と呼ばれる最初の信仰告白ができており,同時にルターとツヴィングリが会談した時の合意文書である「マールブルク条項」もあった.そこで選帝侯の命を受けたルターらは,ローマ教会の実際的な誤りや悪弊に関する文書を作って答申した.これは「トルガウ条項」と呼ばれる.最初この条項がザクセン選帝侯領の宣言文として国会に提出される予定であったが,5月に選帝侯一行がアウグスブルク入りをして,ローマ教会側の不当な反プロテスタント宣伝に出会ったのと,宗教改革を支持する諸侯が一致して共同の宣言を出すほうが望ましいとわかったこともあって,改めてルター派信仰の基本的立場を明確にした共同の信仰告白が書き上げられた.破門追放中の身のため会議出席を許されず,独り国境近くのコーブルクにとどまっていたルターに代って,メランヒトンがその任に当り,トルガウ条項にシュヴァーバッハ条項及びマールブルク条項の骨子を追加した形の反論文書を,ルター及び諸侯らと緊密な連絡をとりながら作成した.それが「アウグスブルク信仰告白」で,メランヒトンは,自分たちの立場が分派ではなく正統的なものであることをわかってもらえるように気を配り,ミサにおける聖変化の教理(一般に化体説あるいは実体変化説と呼ばれる)・煉獄の教理・教皇制・万人祭司説・聖書主義など厄介な事柄は極力差し控え,表現も論争的でない極めて穏当な調子のものに仕立て上げた.ルターも彼の努力を認め,称賛をもって承認した.6月20日に議会は開会され,同25日午後,告白文は直接皇帝の面前で朗読される機会を得,朗読の後ドイツ語文とラテン語文の2部が皇帝に上呈された.しかし,「信仰のみによって義とされる」という福音主義の大原則にエックを初めとする教皇側の神学者が依然激烈な反論を加えたため,告白文は一片の報告として受け取られたにすぎず,議会の多数を占めるカトリック側諸侯によって退けられ,結局国会で拒否された.帝国議会は,プロテスタント教会弾劾の一方的な決議文を採択し,当初の目的を達成することなく11月に閉会した. 「アウグスブルク信仰告白」本文は28箇条より成り,第1部「信仰の主要条項」と第2部「正された悪習について検討した条項」との二つに分れる.第1部は,神・罪・キリストについて論じた後,第4条に義認の教理,さらに教会論と続き,聖礼典を含む教会の諸問題を扱っている.「信仰のみによる義」という福音主義的教説を中心に,信仰を生み出し支える霊的手段としての聖晩餐が説かれ,救いの条件ではなく結果としての善きわざなどが論じられる点で,ルター派の根本的立場は明確に保たれている.第2部では,ローマ教会のミサや教会的制度に見られる悪弊の改革・是正について様々に論じられる.「アウグスブルク信仰告白」は,カトリックにかなり譲歩したメランヒトンの論調にもかかわらず,全体としてやはりその福音的性格ははっきりとしており,信仰義認を軸とするその教説は当時のローマ教会への確かな挑戦であったことに変りはない.ドイツ語版・ラテン語版とも原本は失われているが,メランヒトンが1531年ヴィッテンベルクにおいて出版したものを基礎にして原文に近いものが復元され,今日に至っている.なお,メランヒトンは帝国議会の会期中に,カトリック神学者たちが出した膨大な反駁文書に答えて,「告白」の詳細な弁明である「アウグスブルク信仰告白の弁証」を物している.1580年にルター派福音教会の信仰告白である『一致信条集』が編集された時,「告白」と「弁証」の両方がその中に公の告白として収められた.→ルーテル教会,和協信条,メランヒトン,ルター.(角川周治郎)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社
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