《5分で分かる》信仰の類比(アナロギア・フィデイ)とは?

信仰の類比(アナロギア・フィデイ)とは?

信仰の類比(アナロギア・フィデイ)…

[ラテン語]analogia fidei.信仰の類比とは,最も一般的な用法においては,聖書解釈原理の一つであり,聖書の究極的著者が神であるという信仰に立ち,聖書の有機的統一性を前提として聖書を解釈することを言う.聖書は全体として神の啓示であり,聖書の各部分は全体の光の中で読まれなければならない,それゆえ,聖書の解釈者は聖書自体であるとの原則に立ち,聖書解釈に当って意味不鮮明な箇所を,より鮮明に示されている章句から解釈する方法を示す用語であり,アナロギア・スクリプテュラエ(analogia Scripturae)と呼ばれることもある.<復> アナロギア・フィデイという言葉は,ローマ12:6の「信仰の程度」(口語訳)の原語[ギリシャ語]アナロギアン・テース・ピステオースに由来する.ただし,用語としては,この聖句における意味に限定されない.アナロギア・フィデイはいろいろな意味に用いられるが,上記のごとく,意味不鮮明なテキストは意味のはっきりしているテキストの光に照らして解釈されるべきであるということを表すのが,最も一般的である.聖書の究極的作者が神であるならば,あるテキストが,同じ主題について語られている他のテキストと矛盾するはずはない.だから,テキストによっては,同じ問題について語られている他の箇所を注意深く考察することによって,初めて正しい意味を見出すことができるのである.例えば,パウロはローマ10:4で「キリストが律法を終わらせられた」と,律法の消極的意味を語るが,これは,同じパウロが律法の積極的意義について語っているローマ7:12の「ですから,律法は聖なるものであり」あるいは同7:14の「律法が霊的なものであることを知って」というテキストによって,真の意味が明らかにされる.律法についてのパウロの教えの全体を調べてみる時,一方において,救いの手段として律法を用いることを強く非難するが,他方において,神の道徳的意志の表現としてはあくまで聖なるものであり,普遍的な行為規準としての役割を果すものであることを教えていることがわかる.このように,アナロギア・フィデイの原理は,聖書が聖書を解釈するという立場に立って,聖書の章句の偏った解釈を防ぐものであると言えよう.<復> この原理を拡大解釈して,アウグスティーヌスは,聖書の解釈は使徒信条に要約されている信仰規準に従ってなされるべきであると主張した.オーリゲネース,エイレーナイオス,テルトゥリアーヌス,ヒエローニュムス等の教父たちも,難解な聖句は,教会が教える信仰規準に照らして解釈されなければならないと教えた.ローマ・カトリック教会はさらに,聖書は教会の伝承によって解釈されなければならないと主張した.これらは,アナロギア・フィデイの正しい用法を逸脱するものであると言わねばならない.そこでは,聖書より「聖伝」が重んじられる.聖書記者の意図よりも,教会の解釈が権威あるものとされることになる.これに対して宗教改革者たちは,聖書のみ(Sola Scriptura)の原則に立ち,聖書の意味が教会の伝承に決定的に依存するという主張を退けた.聖書記者が意図しなかった意味を持ち込もうとすることは,解釈原理としてのアナロギア・フィデイの乱用である.そのテキストから直接引き出すことができない解釈であっても,聖書の他の箇所で見出されるものであり,そのテキストの字義通りの意味を侵すことがない限り,そこに持ち込むことができると主張する者もあるが,こうした″霊的″,アレゴリカルな意味を持ち込むことには,解釈者の主観的傾向に基づいて聖書に際限のない意味を持ち込む危険性がある.それは,聖霊に導かれて書き記している預言者,使徒たちの意図を無に帰してしまうことになる.聖句の真の意味は一つしかないはずであるから,聖書解釈者は,文法的,歴史的釈義によって,霊感された聖書記者の語ろうとした真の意味を示すように努めなければならない.<復> 今世紀カール・バルトは,ローマ・カトリックの,被造物から神への道をたどる「存在の類比」(analogia entis)という神認識の方法に反対して,神は神によってのみ認識されなければならないことを強調し,神認識の方法としてアナロギア・フィデイを主張した.しかし,これは,神が書かれたことばである聖書において御自分を明白に啓示しておられること,すなわち,聖書を神の啓示そのものとすることに反対し,啓示の実存的解釈へと道を開いたものである.これもまたアナロギア・フィデイの本来の原則からの逸脱と言わざるを得ない.→聖書解釈学,聖書の権威.<復>〔参考文献〕Berkhof, L., Principles of Biblical Interpretation, Baker, 1950.(橋本龍三)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社