《5分で分かる》超自然主義とは?

超自然主義とは?

スポンサーリンク

超自然主義…

[英語]supernaturalism,[ドイツ語]Supernaturalismus.自然を超える領域を承認する立場を言う.従って自然をどうとらえるかによって,超自然主義の内容も異なってくる.<復> 自然や物質的世界や身体を悪と見る立場では,自然的世界を脱却する意味での超自然主義が説かれる.ギリシヤのアテーナイ期の哲学においては,人間の霊魂の欲性的部分は物質的世界と物質的身体に結び付いてその束縛の下にある.しかし物質的世界と物質的身体に結び付いていない霊魂の理性的部分はもともとの霊魂の住みかである形相・イデアを想起することによって感覚的認識の対象である自然的世界を脱却し,超自然的イデアを直視する観相(テオーリア)によって真の認識(エピステーメ)に到達することを目指す.感覚的経験の対象である自然的世界を超越する超感覚的世界を真実在としそこに還帰することを霊魂の救済と考えるオルフェウス宗教の人間理解にこの起源がある.これがアテーナイの哲学において,理性の理論的思惟による超感覚的世界の認識としての形而上学となった.<復> しかし,もし自然という言葉が「自然の光」という自然的理性を意味するとすれば,このギリシヤ哲学の立場は自然主義となる.聖書の立場からこのギリシヤの認識想起説を見るならば,自然的理性の自律的思惟による超自然的真理の認識であり,結局それは強固な自然主義である.<復> このギリシヤ哲学の自然主義はトマスのスコラ哲学の中に継承されて自然的理性の自然主義と聖書の超自然主義の総合による二元論が成立する.自然的理性(自然の光)はある程度の超自然的真理をとらえる(例えば神の存在,第1原因,最実在的存在者,思惟の思惟,純粋形相としての神の存在など)が,それを超える,理性には隠された真理を超自然的啓示(恩恵の光)が補足すると考える.「恩恵は自然を廃棄せず,完成する」という考えは,自然主義と超自然主義の総合を意味している.超自然的なものを信ずるカトリックの超自然主義の根底には,自然の光による真理体系を承認する自然主義がある.自然と恩恵の二元論である.<復> 近代哲学においては,自然は数学的(質と量)範疇と物理的(因果性と様態)範疇によって理論理性が構成する因果連関の総体を意味する.従って超自然とは理論理性の認識構成を超える領域を意味することになる.この意味の超自然は実践理性の領域として倫理や宗教に割り当てられる.この場合,超自然という言葉よりは,超感性的叡智的という言葉が好まれる.超自然的な神存在や霊魂の不死や恩恵の手段は実践理性の自律的道徳を補完する意味でだけ承認される.自然と自由の二元論であり,聖書の立場から見るならば,これも強固な自然主義である.<復> 近代自由主義神学はこの自然と自由の二元論の影響を受けて近代哲学の認識論的基礎を継承し,聖書の超自然的要素を抜き去り,超自然的出来事を人間の自己意識内において自然的因果連関から解放される自由回復の出来事にすり替えてしまった.聖書の非神話化は聖書の超自然的要素を自然主義的道徳主義的に再解釈することであった.<復> この数学的物理的範疇によって構成する因果連関の総体を自然と見る自然主義は,近代科学の発展とともに登場する実証主義の自然主義的態度において,一切の超自然的なもの,感覚的経験を超えるものに対する軽蔑を生み出した.近代から現代にかけての世俗化の過程は人間が超自然的なものに対する感覚を喪失していく過程であった.新カント学派,現象学などの超越論的哲学や,生の哲学,実存哲学などはこのような実証主義的態度に反対している.しかしこのような哲学も思惟の理論的態度を規定している超理論的な宗教的前提そのものを批判的課題にしない限り,自然的理性の自律性の原理を無批判的公理としてしまう自然主義となる.<復> しかし,聖書は自然的人間も神聖感覚や永遠を思う心のあることを教えている.すべての自然主義的哲学の中にもその痕跡がある.それは自然主義的哲学における超自然主義的要素であり,聖書的超自然主義との重要な対話の接触点である.福音主義キリスト者にとっては,超自然的聖言啓示は自然的と超自然的とを包括したすべての事実と解釈の統一としての規範である.→キリスト教哲学,理性と信仰,自然神学.<復>〔参考文献〕春名純人『哲学と神学』法律文化社,1984.(春名純人)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社