《5分で分かる》アタナシオス信条とは?

アタナシオス信条とは?

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アタナシオス信条…

[ラテン語]シンボルム・アタナシアヌム.使徒信条,ニカイア信条とともに公同信条(教会において一般に用いられている,キリスト教信仰の主要信条あるいは信仰告白)の一つ.「救われたいと願う者はみな」という言葉で始まっており,その最初の言葉をとって[ラテン語]シンボルム・クゥイクンクェとも呼ばれる.<復> 中世以降この信条は,ニカイア総会議において正統教理を主張したアレキサンドリアのアタナシオスの作であると言われてきた.中世の教会はこの信条を聖務日課の詩篇の部に頌歌とともに入れ,用いていた.宗教改革の時代にもアタナシオスの作とされていたが,1642年オランダのG・ヴォスが,アタナシオスが作者ではないことを明らかにした.まず,アタナシオスはギリシヤ語で書いたのに,この信条は明らかにラテン語が原文である.次に,アタナシオス自身の文書にも彼の弟子たちや同時代の人々の文書にも,この信条への言及がなく,信条自体にはアタナシオスが強調した「同質」([ギリシャ語]ホモウシオス)が用語として出てこない.第3に,神学的にはアウグスティーヌスに近く西方教会的である.この信条の作者や著作の地域などについては,幾つかの推論がなされている(ミラノのアンブロシウス,アルルのカエサリウスなど)が,確定できない.<復> 内容は40節から成り,序文(1—2節),第1部(3—26節),第2部(27—39節),結論(40節)に分けられる(節の区分は『一致信条書』〔聖文舎〕による.以下同じ).<復> 第1部は三位一体論である.使徒信条,ニカイア信条は父・子・聖霊の三つを並列して告白するが,三位一体論を展開してはいない.アタナシオス信条は神の三位性と一体性を明らかにする.神の一体性のみを強調しようとすれば「様態論」となり,三位は単なるあらわれ,現象になる.アリウス主義は三位の独立性を強調し,本質における一致を否定した.アタナシオス信条は,3—6節で神の三位性と一体性を主張する.「公同の信仰とは,唯一の神を三位において,三位を一体においてあがめ,位格を混同せず,本質を分離しない信仰である.父の位格,子の位格,聖霊の位格はそれぞれ異なる.しかし,父と子と聖霊の神性は一,栄光は等しく,尊厳は永遠」.7—14節において,神のみが有する基本的属性が述べられる.被造物が有限であるのに対して神は無限,永遠である.15—19節は,神の唯一性を主張し三神論が否定される.「キリスト教の真理によって,それぞれの位格を,個別に神であり,主であると告白することが求められており,三神三主について語ることを,公同の信仰によって禁じられているからである」.20—25節において,三位の位格の固有性と相互関係が述べられる.「父はなにものから成ったのでも,造られたのでも,生まれたのでもない」.父はすべての存在の根源である.「子は父からのみ生まれた」「聖霊は父と子から出るものであって,成ったのでも,造られたのでも,生まれたのでもない」.聖霊の独自性は,父と子から「出る」ことにある.父と子と聖霊は明確に区別されるが「この三位格はみな,ともに永遠で,同等である」.<復> 第2部はキリスト論,特にキリストの神性と人性の関係について述べる.キリストの受肉において,神性と人性の二つの明白に異なる本性が,完全に,固有性を失うことなく結合している.キリストは「神であり人である」.こうして,キリストの本質に関して神性のみを強調したり人性のみを主張したりする異端に対して,明確な二性一人格(キリストの神人性)が確立された.「神と人とがひとりのキリストになっている」.<復> 序文と結論においては「公同の信仰」に対する忠実さが求められている.この信条がキリスト信仰の全体を告白したものでないことはもちろんであるが,三位一体論とキリスト論が信仰の中心であり,「正しい信仰とは,われわれの主イエス・キリストが神の子であって,神であり人であることを,われわれが信じ告白することである」(28節).この中心点が曲げられるところから異端が生じるのである.この信条は今日でも,聖公会,ルーテル教会,改革派の一部の教会で重んじられている.→信条・信条学,信仰の告白,信仰規準.<復>〔参考文献〕『一致信条書』聖文舎,1982;オルベック『福音的信仰の遺産』聖文舎,1969.(勝原忠明)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社