ルカとは?
ルカとは…
新約聖書きっての教養人。それがルカである。パウロは、「神はこの世の愚かな者を選ばれた」と言っているが、どうしてどうして、ルカやパウロは当時一流の知識人であった。ただ彼らは、人の知恵は神の前には空しいことを知っていたのであろう。
教養人ルカ
ルカの本業は医者だった。しかし、彼はむしろパウロの「同労者」として伝道旅行をともにし、ローマにまで行ったことで知られている。パウロがローマから送った手紙のなかでも、ルカはコロサイの教会とピレモンという人物にあいさつを送っている。またパウロの晩年には、多くの人々がパウロから離れていってしまったが、「ルカだけは私とともにおります」(「テモテへの手紙第2」4章11節)と言われている。あきらかにルカは、パウロの最も忠実な同労者の一人だった。
さらにルカは、新約聖書の「ルカの福音書」と「使徒の働き」を著した。これらは非常に流麗なギリシヤ語で執筆されており、文芸作品としても評価が高い。これらの著作には当時の歴史記述の技法が縦横無尽に用いられており、ルカは一流の「歴史家」だったと言うことができる。また、これらのなかには独自の神学的視点も反映されており、ルカを「神学者」として捉えることもできる。ルカは、今でいうマルチ・タレントの人物だったのである。
歴史家としてのルカ
ルカは、その福音書でも「使徒の働き」でも、当時の歴史記述の習慣にならった序文を用いている。たとえば福音書では、ルカは「私たちの間ですでに成就された出来事」を記すと明記しており、「すべてのことを初めから綿密に調べているので、順序を立てて書く」ことを目的に設定している。「使徒の働き」でも、その書が前書の続きであることが明言されている。
これらの表現は、ツキジデスなど当時の歴史家にもみられるのもので、明らかにルカは自分の文学的創作を書こうとしていたのではなく、事実としての歴史を記そうとしていたことを伝えている。
また、ルカはパウロとした船旅のことを詳しく記しているが(「使徒の働き」16章ほか)、これにも自分の歴史家としての立場を立証する意味があったようだ。ポリビウスの著作などを見ると、当時の歴史家には広く世界を見聞していることが必要とされていたことがわかる。
「使徒の働き」では、登場人物のスピーチが全体の3分の1を占めており、重要な意味をもっている。このような直接話法を多用する方法はツキジデスなどにもみられ、当時の歴史記述の一般的な方法であった。
さらにルカの歴史記述では、独立した出来事が並んでいるように記されており、それぞれの出来事の間の関連性が薄い。一つ一つの出来事は、ルカの主張を反映するものが選ばれており、ルカの神学は抽象的な言葉ではなく、具体的な実例をもって表現されるようになっている。
神学者としてのルカ
歴史記述は、必ずしも無色中立の事実の羅列ではない。たしかに18世紀のランケという歴史学者などはそのような歴史を目指したが、今日の歴史学では一般にそのようなものは不可能だとされている。たとえ事実関係を一つも間違えずに記したとしても、どの出来事を選び、どのように配列し、どのように注釈をつけるかなどの行為に、必ず歴史家の視点が反映されてしまうからである。
ルカの歴史も、そのような意味で深い神学的役割をもっている。もちろん、ルカが歴史記述を目指した以上、歴史的に起こった出来事を記すという制約を自らに課していたわけで、ルカ独自の神学的視点ばかりが強調されるのは健全ではない。しかし、ルカはやはりマルコやマタイとはちがった立場から歴史を記しているのであって、ルカの神学的貢献にも大きいものがある。
たとえば、ルカはイエス・キリストの救いが世界中すべての人のものであることを強調している。これはルカがユダヤ人でなく、異邦人だったことと関係があるかもしれない。ルカは、異邦人はもちろんのこと、貧しい人や病人、女性など当時社会的に疎外されていた人たちに福音がもたらされた出来事を多数取り入れている。「良きサマリヤ人」のたとえや取税人ザアカイに対するイエスの愛などは、「ルカの福音書」だけにみられる。
また、ルカはキリストによって旧約聖書のイスラエルの時代が終わり、教会の時代がはじまったことを示している。神の救いの歴史はキリストによって終わりの時代に入り、人々に聖霊が注がれ、教会が全世界に立てられ、完成されるのである。このため、ルカは聖霊の働きやそれによって与えられる賛美、喜び、祈りなどを強調している。
とくに「使徒の働き」では、エルサレムで聖霊が注がれて始まった教会が、ペテロやパウロの伝道を通して全世界に伝えられていき、当時の首都ローマにまで至ったことが記されている。この構成そのものが、イエス・キリストが全世界の救い主であることを強調するルカの神学の反映となっている。
(出典:杉本智俊『聖書人物伝 これだけは知っておきたい127人』フォレストブックス, 2013, 160-162p)
