《5分で分かる》オラトリオとは?

オラトリオとは?

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オラトリオ…

[イタリア語]Oratorio.合唱や独唱者と器楽伴奏によって演奏される,宗教的題材に基づく劇的音楽作品.ただし通常は舞台装置や衣装を用いず,演奏会形式によって上演される.題材は,ほとんどが聖書からの直接引用か,または聖書の内容を自由にパラフレーズしたものだが,後世の聖人に関するもの(ヘンデルの『テオドーラ』,ドビュッシーの『聖セバスティアンの殉教』等)や,キリスト教と全く無関係な内容を持つ現代のオラトリオ(ストラヴィンスキーの『エディプス王』,ショスタコーヴィチの『森の歌』など)も存在する.<復> この用語は,16世紀半ばに反宗教改革の一環としてカトリック信仰を広めるためイタリアのフィリッポ・デ・ネーリが創立した「オラトリオ会派」に由来する.彼らは「オラトリオ」と呼ばれる,教会に隣接して建てられた祈祷所(袖廊を持たない長方形の建物で,通常200—400席程度の規模)で,音楽と説教を組み合せた集会を始めたが,その中で音楽の比重が徐々に重くなり,17世紀半ばには「オラトリオ」は祈祷所のみでなく,そこで演奏する音楽のことまで指すようになった.<復> イタリアにおけるオラトリオは,17世紀初頭のモノディー様式のオペラから多くの影響を受け,カヴァリエーリの『魂と肉体の劇』(1600)のような実験的な作品も生れた.また17世紀半ばの最も重要なオラトリオ作曲家としては,『イェフタ』などの名曲を残したジャーコモ・カリッシミを挙げなければならない.この頃から,オラトリオは必ずしも「オラトリオ」(祈祷所)で演奏されなくなり,大貴族やローマの枢機卿の屋敷などでも演奏された.<復> イギリスにおけるオラトリオの発展は,ほとんどひとえにヘンデルに帰すると言ってよい.ヘンデルは1741年に,財政的困難によってイタリアオペラの上演をもはや断念せざるを得なくなったが,その前後からオラトリオの作曲に専心した.しかし,『エジプトのイスラエル人』(1738),『メサイア』(1741),『マカベアのユダ』(1746),『ヨシュア』(1747),『イェフタ』(1752)等,毎年のように生み出された彼のオラトリオは,コヴェント・ガーデン王立劇場かヘイマーケット・シアターで上演されたのであり,決して宗教的な場のための作品ではなかった.<復> プロテスタントのドイツ語圏においては,17世紀以来,聖書の最も重要なテーマであるキリストの生誕,受難,復活の箇所を,登場人物のせりふと地の文をそれぞれの独唱者が受け持って礼拝中に朗唱する,「ヒストリエ」と呼ばれる形式が盛んに作られたが,これがドイツにおけるオラトリオの基礎となった.このジャンルの最も重要な作品は,ハインリヒ・シュッツによって生み出されている.また受難の部分は,特に「受難曲」として多くの作品が書かれ,17世紀後半になると,聖書のことばのみならずコラールや自由詩によるアリアなどが挿入されて,いわゆるオラトリオ的受難曲が生れた.この分野の最も見事な例は,J・S・バッハの『ヨハネ受難曲』(1724)と『マタイ受難曲』(1727)に見ることができる.またバッハは,『オラトリオ』と題する作品を三つ残している(『クリスマス・オラトリオ』BWV248,『復活祭オラトリオ』BWV249,『昇天祭オラトリオ』BWV11)が,これらはいずれも大規模なカンタータである.特に最も有名な『クリスマス・オラトリオ』(1734)は,クリスマスから顕現日(1月6日)に至る6回の祝日の礼拝時に1曲ずつ演奏するように設定された六つのカンタータの連作であり,例えば同時代のヘンデルのオラトリオなどとは全く異なった性格を持つと言えよう.→教会音楽.(鈴木雅明)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社