《5分で分かる》輪廻,霊魂の再生とは?

輪廻,霊魂の再生とは?

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輪廻,霊魂の再生…

1.輪廻(サンサーラ)とは車輪のように果しなく回転・流転して流れていくことを言う.古い時代には単に世間とか世界という意味を持っていた言葉であるが,人間の存在を問う時にそれが霊魂の存在と並行して考えられ,ここに流転の思想が芽生え,輪廻説が発達した.ギリシヤにも輪廻説があるが,インドの場合と違って,苦行の実践によるきよめが解放に結び付き,また再生は前世の追憶と結び付いている.従って現在では,両者が仮に同じように見えたとしても偶然に一致するだけで,別個の思惟発展によるものであるとされる.<復> 輪廻はインド全般の哲学・宗教において受け継がれ発展した.仏教においてもその点同様であって,釈迦は輪廻転生や業(ごう)思想を無批判に踏襲している.輪廻を起さしめるエネルギーは,専ら業(カルマン)と言われるものから生じる.人がこの世に生を受け,生き続けている間になすところの行為が,善因楽果,悪因苦果となり,輪廻と業とは互いに密接な関係を保持しつつ具体的な一人の人間を規定していく.まさに自業自得であって人は流転を免れることはない.それゆえに人は解脱(げだつ)を願うのである.どうすればこの輪廻の束縛から抜け出ることができるか.思うに自己の今の存在は前世の果によって作られたものであるし,これからの来世への飛躍もまた現在の行為による結果となる.仏教ではこのような流転について六道輪廻を編み出し,業力によって地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道のどれかへと次の世に生れるとした.仏教にしろ他の宗教にしろ,哲学的な人間論から出発して高度な倫理観を打ち立てているインドの諸宗教は東洋全体に少なからぬ影響を与えてきた.日本の諸宗教の中には業の教理的理解を緩和させ,死者儀礼において功徳回向を行い,あたかも功徳の力で業を歪めることができるかのごとく信じている節があり,それぞれ独自の説を樹立している.<復> 2.霊魂の再生についての考えは,洋の東西を問わず活発である.ギリシヤにおける生命とは,ホメロスの時代にはむしろ死者の魂を表していたが,プラトーンに至る間に[ギリシャ語]プシューケー(生命)が生きた魂を総体的に表すようになった.この間の事情をよく承知していると,霊魂の再生についても西洋における霊魂の不滅論や復活論において,霊・生命・身体(Ⅰテサロニケ5:23)の総合体としての人間存在の理解に新たな光を投じていることが分る.すなわち霊([ギリシャ語]プネウマ)が真の意味において生ける生命と身体とを支えているのであり,特にキリスト教においては復活が身体の復活をも含んでいることを忘れてはならない.<復> 他方,輪廻に関係する東洋的な思惟においては霊魂の再生は実に業とのからみから抜け出せず,六道を転々と迷うことになる.そこで民間信仰ではこの業力を阻止するために種々の信仰形態が採用された.それは業に対する緩和策であり本来的ではない.仏教の説くところによれば,外的な賞罰権を持つ存在はないから,厳密には行為の果報はないと言える.霊魂が何回も死後肉体に再生するように決定することによって,運命がオートマティックに進展する過程があるだけである.霊魂の再生に関して積極的な意味を与えるためには,仏教は後代にわたって業思想に関連付けて多様な論理の展開を見るようになった.→仏教・ヒンズー教とキリスト教,死,不死・不死説,人間論,祖先崇拝とキリスト者.<復>〔参考文献〕『物質・生命・人間』(新岩波講座哲学6)岩波書店,1986;中村元『インド思想史』(改訂2版)岩波全書,1978;早島鏡正他『インド思想史』東京大学出版会,1982.(久保田周)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社