《3分で分かる》ペンテコステとは?

ペンテコステとは?

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ペンテコステ…

五旬節,聖霊降臨日とも言う.旧約聖書では,「七週の祭り」(出エジプト34:22,申命16:10),または「刈り入れの祭り」(出エジプト23:16)と呼ばれて,過越の祭に続く種を入れないパンの祭で大麦の初穂をささげてから七週間後,50日目の祭である.このことから,ギリシヤ語のペンテーコストス(50番目の)を語源として,五旬節とも呼ばれる.この祭は,大麦の収穫の終りを告げ,同時に小麦の収穫の始まりを告げている.また,イスラエルの男子は年に3度神の前に出るように命じられているが,そのうちの1回がこの祭である(申命16:16).捕囚の後,この祭は,中近東の広範囲に離散したユダヤ人がエルサレムに巡礼のために集まって来る機会となった(使徒20:16).さらに,神殿が紀元70年に破壊された後,この祭は,神がモーセに律法を授けたことを記念する日と見なされるようになった.<復> イエスは,復活後に昇天する際,弟子たちに約束の聖霊を受けるまでエルサレムにとどまるように教えた.120人ほどが,ある屋上の間で祈りに専念しながら聖霊の降臨を待っていたところ,五旬節に,聖霊が激しい響きとともに彼らに下った(使徒1,2章).クリスチャンにとってのペンテコステは,この聖霊降臨を記念する日となった.ペンテコステには,旧約聖書の背景も考え合せて,以下のような意義があるとされている.<復> (1)十字架と復活の一連の贖いのわざの完了と終結を意味し,特に,刈り入れの祭が,過越の祭から数えて50日目であったことから,逆算するとますますもってイエスの十字架が「過越の小羊」として,「すでにほふられた」事実を伝えている(Ⅰコリント5:7).<復> (2)同時に,それは諸国の霊的刈り入れの始まりであり,3千人の初穂が与えられた.その始まりを力強くするために,諸国民が集まる巡礼祭の日が選ばれ,諸国民のことばで話す賜物が使徒たちに与えられた(使徒2:4‐13).神の贖いのわざの完了から,霊的刈り取りへと,ペンテコステをもって救いの歴史がまた新たに画され,これをもって教会が誕生したと言えよう.<復> (3)聖霊は「もうひとりの助け主」(ヨハネ14:16)として,弟子たちとともに生きたイエスの身体的臨在の代りに,弟子たちに伴い,力付け,神の国の宣証を権威付けることになる(ローマ15:19,Ⅰコリント2:4,ヘブル2:4).こうして,三位一体の第三位の神である聖霊が父なる神のみもとから降臨されたのである.<復> (4)イスラエルの民が石の板に刻まれた律法を受けたのが,出エジプト後50日目であったと言われているが,死の帝王をキリストが打ち砕いてから50日目に,律法が聖霊によって信じる者の心の内に刻まれた(エレミヤ31:33,エゼキエル36:25‐28,ヘブル8:10).<復> (5)これらを総合して,ペテロは,「終わりの日に,わたしの霊をすべての人に注ぐ」というヨエルの預言のことばを借りて(使徒2:17‐21),長い間約束されていたものが,神の右に座したキリストによって実現したことを強調している(2:33,39).<復> この日は,収穫を祝うことに始まり,聖霊が下った最初の五旬節に3千人が洗礼(バプテスマ)を受けたことにのっとって,洗礼式が行われるようになった.そのために人々が白い衣を着たことからWhitsundayと呼ばれ,紀元2世紀頃から,復活節に並ぶ重要な記念日として祝われた.→聖書時代の祭,聖霊・聖霊論.(藤本 満)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社