《3分で分かる》アドベンティズムとは?

アドベンティズムとは?

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アドベンティズム…

[英語]Adventism.英語のAdventismは「再臨待望主義」と訳すことができる.広義には,キリストの再臨を文字通り信じる立場を指すが,狭義には,歴史上現れた特定の再臨待望運動を指す.<復> 1.広義のアドベンティズム.<復> 広義の「再臨待望信仰」は歴史上どの時代にも存在した.初代教会はもちろんのこと,今日の福音主義の諸教会においても同様である.しかしこの信仰を特に強調するのは主として,再臨について前千年期説を奉じる人々である.日本では,旧ホーリネス諸派,美濃ミッション,近来は再臨待望運動(谷中広美,星野栄一など)と,同運動から派生したキリスト再臨待望同志会(森山諭,神山良雄など)がある.熱烈な信仰者が多く,特に第1次世界大戦後,中田重治,内村鑑三,木村清松らが「聖書の預言的研究演説会」(東京基督教青年会館)において再臨運動の第一声を上げたのが有名である.<復> 2.狭義のアドベンティズム.<復> これはキリスト教史上に現れた極端なケースを指すが,以下,二つのケースについて述べる.一つは2世紀のモンタノス主義である.これはモンタノスが起した運動で,キリストの再臨を強調するあまり,「170年に新しいエルサレムがフルギアのペプーザに下り,古い世界は終わる」と予言した.二つ目は米国人ウィリアム・ミラー(1782—1849年)の影響による再臨運動である.彼はダニエル8:14「2300の夕と朝が過ぎるまで.そのとき聖所はその権利を取り戻す」を独自にユダヤ暦から解釈して,キリスト再臨の日を1843年頃と特定して予告した.最初その日を1843年3月21日(春分)から1844年3月21日までの時としたが,実現しなかったので,1844年10月22日に設定し直した.どちらも期待したような形で実現しなかったが,それを乗り越えて次の二つの大きな団体が生れた.これらの団体は,再臨の日を待望するが,再臨日時を特定するようなことは放棄している.<復> (1) アドベント・クリスチャン連合([英語]The Advent Christian Association).この団体は再臨と「条件的不死」(Conditional Immortality)を強調した.「条件的不死」とは,人は死後絶滅する(霊魂絶滅説,[英語]Annihilationism)が,真のクリスチャンは主の恵みにより,霊魂不滅と復活の恵みに浴することができる,というものである.日本でこの流れを汲む団体としては,日本アドベント・キリスト教団がある.『キリスト教年鑑』(キリスト新聞社)によると,初期には「条件的不滅」を掲げていたが,現在では掲載していない.<復> (2) セブンスデー・アドベンティスト.ミラーの信奉者であったエレン・グールド・ホワイト夫人が,第7日安息日を守らないために再臨実現が阻まれていると解釈して,セブンスデー・アドベンティスト教会が誕生した.→セブンスデー・アドベンティスト.<復>〔参考文献〕曽根暁彦『アメリカ教会史』日本基督教団出版局,1974;『キリスト教年鑑』キリスト新聞社;『日本キリスト教歴史大事典』教文館,1988;Brauer, J. C., Protestantism in America, Westminster Press, 1979.(大山武俊)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社