《3分で分かる》ケリュグマ(使信)とは?

ケリュグマ(使信)とは?

ケリュグマ(使信)…

この語は[ギリシャ語]ケーリュグマに由来し,告知者が告知する行為,あるいは告知した内容を意味している.新約聖書において[ギリシャ語]ケーリュグマは8回用いられている.そのうち2回は福音書において,ヨナに関して用いられており(マタイ12:41,ルカ11:32),この場合ヨナが告知した説教の行為を指していると理解するより,ヨナが告知した説教の内容を指すと理解したほうがよいだろう.他の6回はパウロ書簡において用いられているが(ローマ16:25,Ⅰコリント1:21,2:4,15:14,Ⅱテモテ4:17,テトス1:3),ローマ16:25においては「私の福音とイエス・キリストの宣教」という表現の中で用いられており,「宣教」と訳された[ギリシャ語]ケーリュグマは,パウロが宣べ伝えたイエス・キリストに関する告知の内容を指していると考えられる.このようにこの語は大体告知の内容を指す意味に用いられているが,テトス1:3の場合は告知の行為を指していると考えられる.<復> 現代神学において,ケリュグマという語は,使徒たちが宣教した使信の内容を指すものとして,日本語に訳されることなく,そのまま用いられている.C・H・ドッドは『使徒的宣教とその展開』(The Apostolic Preaching and its Developments, 1936)において,使徒的ケリュグマの型ということを主張した.すなわち,彼はパウロ書簡の中に見出される初代教会の断片的な伝承(Ⅰコリント15:1‐4,ローマ1:1‐4,Ⅰテモテ3:16等)を検討することによって,使徒的宣教の内容は次の7項目から成っていたと考えた.(1)預言は成就し,キリストの到来によって新しい時代が始まった.(2)彼はダビデの子孫として生れた.(3)彼はわれわれを今の悪の世から救い出すために,聖書に示す通りに死んだ.(4)彼は葬られた.(5)彼は聖書に従って3日目によみがえった.(6)彼は神の子,また生きている者と死んだ者の主として,神の右の座に着かれた.(7)彼は人間のさばき主,及び救い主として再び来られる.<復> ドッドは,これらの項目は使徒2,3,4,10章に見られる使徒たちの説教の内容と基本的に一致するところから,使徒的なケリュグマには一定の型があると主張した.<復> R・ブルトマンは「史的イエスの探求」の問題との関連から,史的イエスとケリュグマにおけるキリストを分離して考えるよう主張した.すなわち,18世紀以来,福音書の伝承を批評的に研究することによってイエスの歴史的実像に迫ろうとする企ては失敗に終ったのであり,福音書は初代教会の信仰によって宣教的意図のもとに書かれたのであるから,そこからは彼らのケリュグマ(宣教)におけるキリストしか知り得ないと主張した.彼の弟子であるE・ケーゼマン,E・フックス,G・ボルンカムらは,このように史的イエスとケリュグマのキリストを切り離すことは,ドケティズムと同じ誤りに陥ると考え,史的イエスとケリュグマのキリストとの間に何らかの連続性を認めるべきであると主張した.このようにケリュグマという語は,現代神学において重要な概念を示す語となった.→福音,福音主義.(山口 昇)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社