《3分で分かる》唯名論とは?

唯名論とは?

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唯名論…

[ドイツ語]Nominalismus,[フランス語]nominalisme,[英語]nominalism.名目論とも訳す.中世全般にわたって行われた普遍論争における実念論,実在論([ドイツ語]Realismus)に対立する立場を意味する言葉である.神学的教義を論ずる時に,普遍と個の関係が問題となった.普遍([ラテン語]universalia)は実体として客観的に存在するのか,すなわち,個物から離れた実在性を持つのか,それとも,人間の思惟の中にのみあるにすぎないのか,個物そのものの中にのみあるのか.プラトーンのイデア論のように,真実在としての普遍的イデアを先に考え,個物への臨在,思惟におけるその想起を考えるのは強い実念論の立場と言い得るが,スコラ哲学におけるプラトン主義の伝統においては,普遍は神の創造的理性の中にある根源的な形相(イデア)として,個物に先立つと考えられた.エリウーゲナのような極端な実念論になると汎神論になる.トマスのようなアリストテレス主義においては,個物を第1実体とし個物を個物たらしめる個物の中の形相を第2実体と呼ぶ形相・質料説が受け入れられて,普遍は個物の中にもあると考えられた.この場合は根源的形相としての普遍のほかに内在的・被造的形相としての普遍を承認する.アヴィチェンナは普遍は神においては個物に先立ち,自然においては個物の中に,知性においては個物の後にあると述べていたと言う.<復> 唯名論の場合はスコラ哲学の基盤を危うくするような側面を持つ.初期の唯名論者にロスケリヌスがいる.種や属の普遍概念は個の観察による抽象にすぎない.これを神学に適用すると,「神」は空虚な抽象にすぎず,神の実在性は個々の人格にのみある.これは三神論としてソワソンの会議(1092年)で退けられた.後期の唯名論の代表はウィリアム・オッカムである.普遍は思惟の抽象の所産であり,個と個の間にある類似性は必ずしも共通の普遍的属性を意味せず,むしろ思惟する人の意図を反映している.普遍はただ,単なる名辞であり,名辞は命題の中で意図する概念の意に使用されて初めて個体を代置する記号となるにすぎない.知識の源泉は個体の感覚的知覚であり,感覚的知覚は普遍性を欠きながらも強い実在性を持つ.個体の感覚的知覚が知識の基礎であり,理性はこれに基づいて抽象的認識としての普遍を生み出す.普遍としての神からの演繹(えんえき)的推論による知識に代って,経験的知覚からの帰納的推論による知識が提唱されている.ウィリアム・オッカムは抽象的推論に基づくスコラ的推論を疑問視し,神学の体系化を退けた.彼はむしろ信仰を擁護する意味で,ローマ・カトリック教会の教義を知識によってではなく信仰によって受け入れられるべきものとした.しかしこれは中世のスコラ主義の自然神学を否定するものであった.自然神学は感覚的知覚的経験に基づかない自然的理性による形而上的知識の成立を主張するからである.これは信仰と理性のスコラ的一致を破るものとなり,近代哲学の英国経験論や現代哲学の記号論理学などに大きな影響を与えた.→形而上学,キリスト教哲学,理性と信仰.(春名純人)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社