《3分で分かる》死者のためのバプテスマとは?

死者のためのバプテスマとは?

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死者のためのバプテスマ…

パウロが,死者の復活の論証において言及しているこの句(Ⅰコリント15:29,言及はここのみ)は,このような洗礼(バプテスマ)があったかどうかわからない,異端的行為であるのにパウロが反対していない,翻訳上の問題がある,などの点を巡って,古来より解釈が多く(ある注解者は,約200通りを挙げている),聖書中最も難解な句の一つと言われている.<復> これらの解釈には,「死者」を霊的に死んだ者,死期を迎えたキリスト者(カルヴァン),「バプテスマ」を殉教または苦難の洗礼と見る説がある.しかし,最も多くの解釈を生んでいる要因は,前置詞[ギリシャ語]ヒュペル(「…のゆえに」)のとり方による.ルターはこれを,死者の墓の上で儀式が行われたと解して,「…の上で」(over the dead)と訳した.また,この語を「…のために」(for the sake of)ととり,生存者が,立派な信仰のあかしを立てて死んだキリスト者に対する愛と尊敬のゆえに(理由),洗礼を受けた,と見る説もある.原意に沿う解釈は,この語を「…に代って」(on behalf of),または「…の代りに」(instead of)と解する代理説であろう.この説は,生存している信徒が,死者に代って洗礼を受けるなら,その死者が罪の赦しを受けて救われ,復活することができると信じたもので,当時コリント教会において,一部の人々の間で常習的に行われていたと考えられる.<復> この代理的洗礼説の論拠には,次の三つの点が挙げられる.<復> 1.新約聖書では,「…のために」([ギリシャ語]ヒュペル)は,いつも「…に代って」ととれるわけではないが,Ⅱコリント5:15(「…のために」),ピレモン13節(「…に代わって」)などのように,代理的な意味がある.<復> 2.歴史上の記録によれば,このような風習は,2世紀,異端のマルキオン派やケリントス派に見られるが,コリント教会において行われていたかどうかわからないとの見方がある.しかし,多くの問題を抱えて混乱していたコリント教会にこの種の洗礼があったとしても,決して不思議ではない.<復> 3.パウロがこの洗礼に反対していないのは,その言及の目的が,反対のためではなく,死者の復活を付随的に例証するためだったからであろう.この句の文脈において,パウロが,死者のための洗礼を行っている人々を「その人たちは」(Ⅰコリント15:29)と呼び,「私たち」(15:30)と対比させて,明確な一線を画しているのは,間接的に反対しているととれるのではなかろうか.この段落の結びの勧告(同15:34)の対象には,恐らく「その人たち」も含まれていると考えられる.<復> パウロは,たとい代理的洗礼を行っても,死者の復活を信じなければ,全く意味がない,と主張しているのであって,決してこの洗礼を認めているわけではない.<復> 従って,この句は,資料が十分ないので,正確な意味をとらえることは難しい.確言を避けるが,文法的・状況的・文脈的論拠から,代理説が自然で妥当な解釈と思われる.→バプテスマ,復活.(樋口信平)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社