《3分で分かる》免償とは?

免償とは?

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免償…

[ラテン語]Indulgentia,[英語]Indulgence.免償とは罪を赦すことではなく,罪に対する償いの,部分的あるいは全面的な免除のことである.贖宥とも言う.<復> 中世のローマ・カトリック教会では,告解の秘跡を年1回,四旬節(レント)に行うこととしていた.それは最初,公開の場で償いが宣言され,実行されていたが,次第に告解と赦免という現在の形式に置き換えられ,教区司祭の職務として行われるようになった.また,エジプトの修道院では,自らの過失に対する刑罰のために償いの査定表である「贖罪規定書」を作成し,償いを実施していた.これがアイルランド教会に定着し,アイルランド修道制とともにヨーロッパへと入って来た.そして「鍵の権能」(マタイ16:19)の教理に基づき,教皇ウルバヌス2世はクレルモンの教会会議(1095年)において,十字軍参加者に対する免償を宣言した.これは,洗礼(バプテスマ)を受けた後に犯した罪に対する償いの,全面的免除の宣言であった.<復> ボニファーティウス8世は,ローマ教会への参拝者に対する全面的な免償を宣言した(1300年).この時の大勅書において彼は「次の百年目ごとに」すべての罪の罰に対する全面的な免除(全免償)を与えることを宣言し,この年を聖年とした.クレーメンス6世は,百年ごとに祝われる聖年に全免償を与える習慣を50年ごとに聖年を祝うことに変更する大勅書を公にし,1350年を聖年と定めた.また,この聖年の大勅書において,13世紀以後の神学者たちによって形成された「教会によって分配されるキリストの功績の宝庫」の教理も取り入れられた.これは,十字架上で流されたキリストの血を,神は宝庫に保管し,この宝を,信者の救いのために分配する鍵の権能を所有する使徒ペテロとその後継者である教皇にゆだねたので,犯した罪の悔い改めを告白した者の有限の罪を,全部または一部,赦すために用いることができる,という教理である.そしてさらにシクストゥス4世は,これまで出されてきた彼以前の大勅書に,代祷によって死者に全免償が与えられるという新しい教理を加えた(1476年).それは,南フランスのサントンジュにある聖ペテロ教会の修理のために,定められた額を納めた者に対して,代祷による死者への全免償を与えるというものであった.しかしこれが誤解されたために,彼は1477年,別の大勅書を出し,煉獄の霊魂の救いのために熱心な祈りをささげ,施しを行うことによって免償が与えられ,これが煉獄の霊魂の救いとなることを明らかにした.これ以後,免償授与によって大きな公益事業を促進させるという中世の慣習に従って,全キリスト教世界に対して免償公布が行われ,ルターの宗教改革に至るのである.→告解,免罪符,罪の赦し.<復>〔参考文献〕『信仰分裂の時代』(キリスト教史第5巻)講談社,1981;H・デンツィンガー編,A・シェーンメッツァー増補改訂『カトリック教会文書資料集』エンデルレ書店,改訂3版1988;『原典宗教改革史』ヨルダン社,1976.(太田良一)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社