《3分で分かる》家の教会とは?

家の教会とは?

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家の教会…

1.初代教会では,特定の教会堂はなく信徒の個人の家などで集会が開かれ,これを家の教会と呼ぶようになった(ローマ16:5,Ⅰコリント16:19,コロサイ4:15,ピレモン2節).<復> 2.家の教会という形体は以後,キリスト教会史の中で,制度化された教会とは別の道を歩む信仰者集団を表す一つの表現にもなっていった.特に,20世紀に入って,共産主義支配下に迫害を受けた信仰者の群れが独自に信仰共同体を形成し,それは,家の教会とか地下教会,あるいは未公認教会などと呼ばれるようになった.<復> 3.現代中国において,家の教会の発生とその成長は,宣教の歴史の中でも特筆すべき出来事である.1949年,中華人民共和国が成立した後,共産主義政府の支配下に置かれた中国の教会は,無神論を標榜する国家の宗教政策によって管理され,その結果,愛国運動の流れの中で国家と共産党に忠誠を誓う三自愛国教会が生れた.1954年に始まった「中国キリスト教三自愛国運動」によって,クリスチャンはこの国家が管理する教会に加わるか否かの選択に迫られ,当時,約80万人と言われた信徒の半数は愛国教会に加盟,他の聖書の真理に堅く立つ牧師,伝道者,信徒の多くは加盟せずに独自の道を歩むことを決意,その群れが家の教会として各地に広がっていった.1955年から,家の教会の牧師,伝道者への迫害が激しくなり,福音主義的信仰に立つ王明道牧師をはじめ,次々と家の教会の牧師が逮捕され,労働改造所へ送られた.その罪状は″反革命分子″となっているが,実態は,国家が定めた三自愛国教会に加わらなかったゆえの迫害で,以後,1979年の開放政策までの間,多くの牧師,伝道者が20数年間に及ぶ獄中生活を余儀なくされた.中国の家の教会は,当初は,数人の群れが,ひそかに集会を持つという形で始まったが,苦難という火で精錬された信徒一人一人が聖霊とみことばに導かれて,生きたキリストの証人として大胆に伝道を展開,中国全土に拡大していった.1990年現在,三自愛国教会ではその信徒数500万人と発表したが,家の教会の信徒は,少なくともその10倍というのが定説となっており,地域的には農村地帯に,世代的には青年層が過半数を占めている.この現代の奇蹟とも言える教会成長を遂げた中国の家の教会は一方で,多くの必要に迫られている群れでもある.特に,聖書は家の教会の信徒の90%になく,正しい教えに導く福音的文書もほとんどない状態で,海外からの霊的な援助が今も求められている.(→コラム「いのちの水・計画」),→迫害.<復>〔参考文献〕守部喜雅『レポート・中国伝道』クリスチャン新聞,1980;クリスチャン新聞編『中国愛の革命』,サイラス・チャン『苦難の中の前進』以上いのちのことば社,1984;Jonathan Chao, The China Mission Handbook, Chinese Church Research Center, 1989.(守部喜雅)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社