《3分で分かる》涜神とは?

涜神とは?

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涜神…

1.旧約聖書における涜神.<復> この概念は,旧約聖書では幾つかの異なる語根により代表される単語によって表されている.涜神は,神の御名,存在,みわざなどを,ことばや行為により傷つけたり汚したりすることである.故意に罪を犯すこと(民数15:30),神に対する侮辱的なことばを述べること(イザヤ37:6),神をのろうこと(レビ24:11,16,黙示録16:9,11,21)などを含み,直接間接,神の尊厳を軽視することである.イスラエル人以外についても,アッシリヤの王が,自らの力を誇り,主なる神が無力であるとすることにより,生ける神をそしったこと(Ⅱ列王18:35,19:4),またエドム人が,イスラエルの陥落を喜ぶことにより,主なる神を侮辱したこと(エゼキエル35:12以下)などへの言及がある.<復> 涜神に対しては,人間のさばき(レビ24:10‐16,Ⅰ列王21:13)か神御自身のさばき(出エジプト20:7,申命5:11,民数16:30,Ⅱ列王19:7,Ⅱ歴代32:21,イザヤ37:36‐38)による死に値すると警告されている.<復> 2.新約聖書における涜神.<復> 新約聖書において涜神の概念を表す語は,[ギリシャ語]ブラスフェーミアである.これは,古典ギリシヤ語と同様,新約聖書においても,人間に対する「そしり」「ののしり」「嘲笑」「毒づく」「中傷」などの弱い意味にも使われる(参照マルコ7:22,コロサイ3:8,黙示録2:9等).宗教的意味では直接間接,神に対する言及で,神の栄光やきよさを汚すことばや行為を指す.<復> 福音書は,主イエスが罪の赦しを宣言したり(マタイ9:2,3,マルコ2:5‐7,ルカ5:20,21),御自分が神の子キリストであると主張したり(マタイ26:63‐65,マルコ14:61‐64,ヨハネ10:33,36)するなど,自らを神とした言動が,神を汚すものとして告発されたと記述している.<復> 他方,新約聖書は,キリストに対して汚しごとを言うことを涜神としており(マタイ27:39,マルコ15:29),さらに,福音に反対し(Ⅰテモテ6:1),不信をもたらす者は(ローマ2:24,テトス2:4,5,ヤコブ2:7),その行為によって神を汚すことになると警告している.特に聖霊に対する冒涜についての厳しい言明により(マタイ12:31,32と並行記事),主イエスのことばと行為により明らかにされている神の救いの力と恵みを意図的に故意に拒絶することを厳禁している(ヘブル10:29).<復>〔参考文献〕Wa¨hrisch, H./Brown, C., “Revile, Blaspheme, Slander,” The International Dictionary of New Testament Theology, Ⅲ, Paternoster, 1978.(宮村武夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社