《3分で分かる》ジュネーブ信仰問答とは?

ジュネーブ信仰問答とは?

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ジュネーブ信仰問答…

[フランス語]Le Cate´chisme de l’E´glise de Gene`ve,[英語]Genevan Catechism.正式には「ジュネーブ教会信仰問答」である.カルヴァンは,ファレルによってほとんど強制的にジュネーブに引き留められて宗教改革を進めるに際し,まず最初に教会規則とともに,フランス語による58項目から成る「信仰の手引」(1537年)を用意した.その手引は新しく誕生した改革派教会を教育する目的で,すでに書かれていた『キリスト教綱要』を要約したものであったが,問答形式をとっていなかった.その後,彼はジュネーブを追放され(1538年),ストラスブールへ赴きそこで約3年間フランス人教会の牧会をした.そこではすでに,カーピトやブツァーの手に成る問答形式の信仰問答によるカテキズム教育がなされていた.カルヴァンは彼らの影響を受け,1541年に改革者として再びジュネーブに迎えられた時,早速信仰問答書を作成した.それが1545年フランス語版とラテン語版で出版されたジュネーブ教会信仰問答である.その後,この信仰問答書は広く普及し,1545年には早くもイタリア語に,1550年にはスペイン語に,1551年にはギリシヤ語に,1556年にはドイツ語に,同年には英語に訳され,それぞれ版を重ねた.1591年にはヘブル語訳が出版された.オランダ語に訳されたのは20世紀に入ってからである.このように一時は広い範囲に普及した信仰問答であったが,16世紀後半以降次第に影が薄くなった.ジュネーブでは17世紀末までは用いられたようであるが,他の地域では19世紀中頃以降のカルヴァン復興期まで埋れていた.20世紀に入ってからはバルトの影響により再び広く普及し始めた.<復> 日本では外山八郎による訳が出版される(1937年)以前にすでに2種の翻訳があったが,何と言っても日本で広く普及されるようになったのは外山八郎の貢献が大きい.彼は1937年に長崎書店から最初の訳を出し,51年,63年とそれぞれ全面改訳して新教出版社から刊行している.<復> この信仰問答は,373問が55課に分けられている.1年に1回は一通り学ぶ目的で分けられたのであろう.55回の日曜日に分けて,毎日曜日の午後,市内の三つの教会に集められた10歳から12歳までの子供たちがカテキズム説教によって教育された.→改革派,カルヴァン.<復>〔参考文献〕渡辺信夫編訳『ジュネーブ教会信仰問答』新地書房,1989;Schaff, P., The Creeds of Christendom, Harper & Brothers, 1931.(泥谷逸郎)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社