《3分で分かる》とりなしとは?

とりなしとは?

スポンサーリンク

とりなし…

聖書においては,一般に罪を犯した人間を神に取り持つという意味で用いられている.その中心的思想は,イエス・キリストが罪を犯した人間を神に取り持つということである(ローマ8:34,ヘブル7:25).これは祭司であるキリストの職能であり,神と人との間の仲介者としての働きである.<復> 旧約聖書に出てくる[ヘブル語]パーガは「出会う」という意味の動詞であるが,エレミヤ7:16,27:18ではとりなしをする意味で用いられている.また,イザヤは,メシヤが背いた人たちのために「とりなしをする」と預言しているが(イザヤ53:12),そこでもこの動詞の使役形が用いられている.また,[ヘブル語]パーラルはⅠサムエル2:25において,人がほかの人に対して罪を犯すと神が「仲裁をしてくださる」と訳されている.<復> 新約聖書では,[ギリシャ語]エンテュークシスが「とりなし」(Ⅰテモテ2:1)と訳されている.これは,動詞[ギリシャ語]エンテュグカノー「とりなす」(ローマ8:27,34,ヘブル7:25)から来た名詞である.また[ギリシャ語]ヒュペレンテュグカノー「…のためにとりなす」が,ローマ8:26で用いられている.とりなしのわざは次の三つの面からなされている.<復> (1) キリストのとりなし.キリストは,神に反逆している罪人のために,常に大祭司として神の前に,その罪が赦されるようにとりなしておられる.キリストのとりなしによってのみ,人間は神の前に出て罪赦されることができる(ローマ8:34,ヘブル4:14‐16,7:25,Ⅰヨハネ2:1).キリストのとりなしの目的は,(a)アダムの罪により死に支配されている世界をサタンから奪回して,キリストをかしらとする新しい世界・神の国を打ち建てるためである.(b)御自身の民であるキリスト者の群れ(教会)が常に神の導き・力を得て勝利するためである.(c)キリスト者各自の信仰の確立のためである.<復> (2) 聖霊のとりなし.特にキリスト者の祈りが神の御旨にかなうように聖霊御自身がとりなしておられる(ローマ8:26).これは,キリスト者にとって大きな慰め・力となる.<復> (3) キリスト者のとりなし.キリスト者は自分のためばかりでなく,他の信徒のため,すべての人のため,また王と高い地位にある人たちのために祈る(Ⅰテモテ2:1).聖書にある代表的なとりなしの祈りの例として,モーセの祈り(出エジプト32:11‐13),キリストの祈り(ヨハネ17章),パウロの祈り(コロサイ1:9‐12)を挙げることができる.→仲介者,祭司・大祭司,和解,祈り.(国吉 守)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社