《3分で分かる》キリスト神秘主義とは?

キリスト神秘主義とは?

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キリスト神秘主義…

[英語]Christ Mysticism.新約聖書パウロ書簡の中の「エン・クリストー」(キリストのうちに,キリストにあって)という表現に見られるパウロの神秘思想に対して,アードルフ・ダイスマンが与えた名称として知られる.パウロの神秘主義は,中世に見られた神的本質との合一を意味するものとは異なり,キリストとの交わり,人格的合一を強調し,現在するキリストとともに生きるというキリストとの新しい関係を示すものである.パウロにとって,キリストは,単に過去の人物であるにとどまらず,常に共にいまし,語りかけ,交わって下さるお方であり,彼の生命であり力である存在である.ダマスコにおける劇的回心以来,彼は,キリストに全人的に依存して生きるものとされている.彼にとって「キリストにあって」ということは,同時に「キリストによって」ということでもあった.多くの学者が,エン・クリストーという用語をパウロ思想の中心と見るダイスマンの見解に賛同している.また,アルベルト・シュヴァイツァーはパウロのキリスト神秘主義を終末論的神秘主義と理解し,「私はキリストのうちにあり,彼においてうつろいやすい世界から引き上げられた存在であり,すでに超越者に属していることを知っている」(シュヴァイツァー『使徒パウロの神秘主義』)と語る.ジョゼフ・ユビーは『パウロとヨハネの神秘神学』の中で,聖霊と結び付けてキリスト神秘主義を理解した.彼は,「キリストは私たちのうちに」(参照ローマ8:9‐11),「私たちはキリストのうちに」(参照Ⅱコリント13:5)という二つの表現がキリスト者とキリストの相互的関係,相互の浸透を示すものであると言う.だからキリスト者はキリストのために生きる.なぜならば,彼はキリストにおいて生きており,彼において人間の生はキリストを源とする生へと変えられるからである.キリストが私たちのうちに内住することは,彼の聖霊の存在と切り離せない.この合一は,キリストとその聖霊の相違をその働きにおいて取り除くものではない.キリストがいのちを与える働きをなしたもうのは,聖霊によるのである.これらの見解に共通していることは,「エン・クリストー」ということがキリストのからだである教会に連なることにおいてキリスト者であることを意味するという点を強調していることである.→神秘主義,キリスト論,キリスト論論争.(森川 甫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社