《3分で分かる》バクストン,バークリ・フォーウェルとは?

バクストン,バークリ・フォーウェルとは?

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バクストン,バークリ・フォーウェル…

Buxton, Barclay Fowell.1860年8月16日—1946年2月5日.英国教会宣教会(CMS)宣教師,日本伝道隊創立者.英国エセックスのレイトンストーン・ハウスに生れる.父方の祖父サー・トーマス・フォーウェル・バクストンはウィルバフォースとともに奴隷解放に尽力.母方には女囚の監獄改良に尽したエリーザベス・フライがいる.ハロー校からケンブリッジ大学トリニティカレッジに学ぶ.1882年11月,D・L・ムーディの歴史的ケンブリッジ伝道にて明確に新生,後ヘブル10:19以下より心の純潔と聖霊の盈満(えいまん)を体験.在学中はH・C・G・モウルやB・F・ウェストコットに師事.またC・T・スタッドや他のケンブリッジ・セブンらとともにケンブリッジキリスト者学生会に所属.1885年英国教会司祭に任職,聖パウロ教会副牧師となりウェブペプローに師事.その後北イングランドの労働者に伝道したが,ケズィックコンベンションの働きにかかわるうちに海外伝道を決意し,1890年11月CMS所属の宣教師として来日.1891年4月より山陰松江に赴任.1897年英国からP・ウィルクスが来援し共に同地方一帯に熱烈な伝道を展開した.また赤山に聖書塾を開き,松江に参集した多くのキリスト者青年を指導者として養成.当時の弟子たちに竹田俊造,堀内文一,永野武二郎,笹尾鉄三郎,秋山由五郎,御牧碩太郎らがいる.中田重治や河辺貞吉とも親交があった.これらの働きは「松江バンド」と称せられ,日本の聖潔運動の源泉となった.1903年,同労者ウィルクスとともに「日本伝道隊」を結成.総理となり,以後駐日主幹ウィルクスを助けて再三来日.1905年本部を神戸に移し,湊川伝道館,聖書学校,聖会開催など超教派的宣教活動を展開.この間,沢村五郎,柘植不知人,小島伊助,佐藤邦之助,野畑新兵衛,舟喜麟一ら多くの弟子を養成した.1937年77歳の時最後の訪日,各地での聖会は「奉仕の冠」と呼ばれる.内村鑑三をして「人類の華」と言わしめた彼の人格と生涯は日本のキリスト者を引き付けてやまなかった.<復>〔参考文献〕B・F・バックストン『信仰の報酬』関西聖書神学校,1954;都田恒太郎『バックストンとその弟子たち』バックストン記念聖会,1968.(工藤弘雄)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社