《3分で分かる》原罪とは?

原罪とは?

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原罪…

人間が生れる罪の状態を神学的に原罪と言う.原罪と呼ばれるのは,その罪の状態が人類の始祖に由来するからであり,他の人間のまねではなく,誕生の時から各個人の生活の中に存在し,人間の生活を汚すあらゆる現行の罪の行為の内的根源だからである.<復> 原罪には二つの要素が含まれる.すなわち,根源的咎という神の正義に関係する面と,神の聖にかかわる根源的腐敗の性質とである.根源的咎は,有罪性と刑罰の責任とから成る.有罪性はキリストの贖罪によっても負われることはないため,救われてからも人間にはその有罪性は残るが,刑罰の責任は,キリストが十字架において完全に義務を果して下さったために,もはや負わされることはない.根源的腐敗の性質については,その持っている浸透性の点から全的堕落と呼ばれたり,人間の霊的能力に与える効力の点から全的無能力と呼ばれたりする.これらは共に,キリストによって殺されたり弱められたりはするものの,この世に生きている限り残存する.<復> 全的堕落とは,人間の本性のあらゆる領域にまで及んでいる生来的な腐敗のことで,魂と肉体の機能と力とに及ぶものである.罪人には神との関係で言われる場合の善,すなわち霊的善はなく,ただ邪悪さのみが見られる,ということである.ただし,これは人間がこれ以上堕落できないほど悪くなっているということではない.また,神の意志を知ることが全くできないとか,良心は善悪の区別ができなくなったということでもなく,再生していない人間はみな,あらゆる形の罪の行為にふけるということを意味しているのでもない(参照ヨハネ5:42,ローマ7:18,23,エペソ4:18等).全的無能力とは言っても,人間は生来の善を行うことも,市民的な善や義を行うことも,外面的な宗教的善を行うこともできるのである.しかし,新生していない罪人は,どんなに小さなことであっても,根本的に神の承認を得ることのできる行為,神の聖なる律法の要求に合うような行為をすることはできない.また,神を愛するよりも罪と自己を愛するという根本的な傾向を変えることはできないし,変えようとすることもできない(参照ヨハネ1:13,6:44,8:34,ローマ8:7,8,ヘブル11:6等).→罪・罪論,創造の教理.(鈴木英昭)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社