《3分で分かる》決疑論とは?

決疑論とは?

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決疑論…

[英語]Casuistry.普遍的形式によって規定されている規範や原則を特殊な事例に適用する方法.決疑論は古代の法律に由来するが,キリスト教では,例えばうそをつく以外に人命を救う手段がないというような,普遍妥当的な倫理的規範を厳格に適用することが困難と思われる特殊な状況における行為の善悪を決定しようとする倫理学の一分野である.<復> ローマ・カトリック教会では,告解の対象となる個々の行為の道徳的価値評価を厳密にする必要から決疑論が発展した.宗教改革以後,決疑論は体系化され,様々な説が対立した.しかしパスカルが蓋然説をとったイエズス会を非難したように,ローマ・カトリック教会においても必ずしも良い評価が得られるとは限らなかった.決疑論が特殊な状況における倫理的規範に対する違反を様々な理由によって正当化し,それによって神の意志に対する不服従の口実を与えたからである.<復> プロテスタント教会においても決疑論は存在したが,多くの場合,行為の善悪が細分化されて煩瑣(はんさ)になり,信仰者の自由や責任のための余地を奪い,自主的決断の冒険を行為から取り去るとして非難された.<復> 個別的行為の善悪のための指針を与えることが倫理学の最終目標であるならば,普遍妥当的な倫理的規範を変化に富んだ複雑な現実の状況に適用し,特殊な状況における行為の善悪を決定することは,倫理学の重要な課題である.イエス・キリストは律法学者の決疑論を非難されたが,その一方で,病人をいやさなければならない状況において,「安息日を覚えて,これを聖なる日とせよ」(出エジプト20:8)という道徳規範をどのように理解すべきかという決疑論的問題を論じておられる(マタイ15:3‐6,12:10‐12).使徒パウロも「何を食べてもよい」という規定が偶像にささげた肉の場合は例外ではないのかという決疑論的問題を取り上げている(Ⅰコリント8章).キリスト教倫理学は今日においても,困難な状況における自由な道徳的判断の助けになるような規準を提供する決疑論的課題を担っている.(→コラム「蓋然主義」),→キリスト教倫理,状況倫理.(多井一雄)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社